BLUE MOON
第4章 スタート
「増えてません?」
「気のせいだろ」
五十嵐さんは本当に不思議な人だった。
「いや、昨日よりも確実に増えてますよね?」
アシスタントに決まるまでは馬鹿丁寧な言葉を私に使っていたのに
「暇なんだからそのぐらい余裕だろ?」
…ハァ?
決まったあの日から上からというかオレ様というか
「私は暇じゃありません!」
「あれ?怒っちゃった?」
「怒ってません!」
「怒ってるじゃーん」
ケタケタと笑いながら私を揶揄って
「機嫌なおせ~」
「チョット!やめてくださいっ!」
こんな風に髪をワシャワシャと撫でてアイスグレーの瞳を細める。
「もう!」
昨日この状況に出くわした麻里はまるでご主人様と犬だと呆れていた。
…ハァ
私は髪を整えながら五十嵐さんを睨み付ける。
でも、彼はさっきまでのチャラけた雰囲気を抹殺して冷めた瞳をPCに向け仕事を始めていた。
本当に不思議な人だ。
何を考えてるのかよくわからない。
私はムカムカした気持ちを落ち着かせるようにコーヒーを一口飲んで
…早く帰ってこないかなぁ
大好きな涼さんの笑顔を思い出す。
涼さんは約束の一週間を過ぎても帰ってこなかった。
魚住課長の話だと苦戦を強いられているようだ。
ということは、今週末もひとりぼっちであの広い部屋で過ごすことになる。
…仕事だから仕方ないよ
高く積み上げられたファイルを手に取り涼さんに教わった通りにリストを作っていく。
連絡を取らずに一週間。
甘い声も暖かなぬくもりも恋しい
「はぁ…」
無意識に溢れる溜め息に一人で生きていくと決めた自分がどれ程甘い考えの持ち主だったのかわかる。
私は気分を一新しようと立ち上がり五十嵐さんのデスクに手を伸ばす。
「サンキュ、俺も飲みたかったんだ」
カップを2つ持って給湯室に入る。
お湯を注ぐとコーヒーの香りがフワリと立ち込める。
その香りを感じながら人差し指を唇に添えた。
…感じたい
胸に込み上げる彼への想いが
「…涼さん」
言葉となって溢れた。
…強くならなきゃ
そういえば涼さんを送り出した日から月を見ていない。
今晩は空を見上げてみよう。
もしかしたら涼さんも月を眺めてくれるかもしれない。
私の分のコーヒーに砂糖を入れて給湯室を後にする。
さて、今日はどんな形の月が見えるだろうか。