BLUE MOON
第5章 嫉妬
…よし
何事もなかったように
…カチャ
冷静を装って
「ただいま」
玄関の扉を開けた。
公園から帰る途中で部屋の明かりが灯されていることは確認した。
ということは…
「お帰り、遅かったね」
涼さんが家にいるんだってわかってた。
Tシャツにスエットパンツ姿で濡れた髪をタオルでガシガシと拭くいつもと何にも変わらない涼さんは
「風呂温かいうちに入っちゃえば?」
いつもと変わらず私を気遣ってくれた。
「モモ」
「ん?」
リビングのドアに手をかけると
「その前に」
ソファーに座る涼さんに手招きされ彼の目の前に立たされると アーモンド色の瞳が優しく微笑む。
「…あ」
その瞳に引き寄せられるように手首をグイッと引かれると
…チュッ
「お帰りのキスまだだったでしょ?」
私はなんて単純なんだろう。
「…もう」
欧米人の挨拶にすぎないこの行為に胸が詰まった。
*
昨日のあのシーンを忘れたわけではないのに
「なにやってんだ、アタシ…」
今の私は彼を信じてみようだなんて思い始めていた。
今日一日悩みに悩んで涼さんの顔を見ることさえ拒んだのに
「チュウ一回で…はぁ…」
単純なんだな。
あの光景を忘れた訳じゃないし忘れることもできない。
だから少しでも楽になれるかも、って考えて腰に手を回していた綺麗な彼女との関係を問い詰めることも考えた。
でも あのアーモンド色のいつもと変わらない瞳と唇の感触
「どれだけ依存してんのよ」
触れてしまえば、なにか事情があったのかも…なんて都合の良い台詞ばかりを頭に浮かべて済ませようとしている私がここにいた。
…バシャン
湯船のお湯を両手で掬い上げ勢いよく顔にかける。
喧嘩するほど仲が良いって言葉もあるけど
「対等じゃないもんね」
そこまでの覚悟もない。
…バシャン
もう一度顔にお湯を掛けて
…パチッパチッ
両頬を叩く。
体には彼が刻んでくれた印が今朝よりも赤く色付いている。
…信じよう
胸の間に咲く印に指を添えて瞳を瞑る。
…ドクン…ドクン
私の心臓は動いている。
単純で良いじゃない!
…ザバーンッ
勢いよく立ち上がり曇った鏡を手で拭ってスッピンの私に言ってやる。
「せっかく恋したんだからいっぱい笑っていっぱい泣こう」
だって私は生きてるんだもん。