BLUE MOON
第5章 嫉妬
「桃子…」
涼さんは私の名前を呼ぶと体中に痛みが走るほど強く抱きしめてくれた。
そしてゆっくり力を抜くとイスの下に胡座をかいて座り私の髪をかきあげながら見上げ
「俺が桃子を捨てると思う?」
まるで小さな子に問いかけるように優しく柔らかく声をかけた。
「まぁ…思ったから言ったんだよな」
頬を伝う涙を彼の長い指が拭うとそのままグッと結んでいる唇も撫でた。
優しく触れるその指が頬を覆いつくすと俯く私の顔をアーモンド色の瞳に向け
「俺ね、モモが淹れてくれたコーヒーが好き」
言葉を紡ぎ始めた。
「それと俺が作った朝飯を申し訳なさそうに食べるとこも好き」
それは少し変わった告白のようなもので
「困った顔も好き。泣かせたくないって思ってるけど泣いてる顔も好きだったりして。」
優しいからとか可愛いからとかそんなオーソドックスなフレーズは一切なくて
「これはマニアックすぎるかな。足の小指が好き。アハハ、隠さないで」
二人で過ごしてきたから紡げる言葉の数々で閉ざしてしまった心の扉に光を指すような言葉たちだった。
「まだあるよ」
「…もういいです」
涼さんは私をイスから下ろすと胡座をかいた上に横向きに座らせ
「もう少し…」
私の首に顔を埋めて
「セックスのときに気持ち良さそうに反らす背中も、俺を受け入れた瞬間の声も大好き」
私の胸をさらに熱くし涙を溢させた。
言葉に嘘はないと思う。
「こんなに好きなのに捨てるって思われたんだ」
抱きしめてくれている腕にまた力がこもる。
…なにやってんの
私は自分の手で涙を乱暴に拭い
「信じようとしたんです…」
首にずっと顔を埋めたままの涼さんに胸の内を話始めた。
大学の男友達と飲み明かすと言って帰ってこなかったあの日のこと、そして今日会社の側で見かけたこと。
「彼女の方がお似合いだなって思ったら…涼さんの隣は私じゃないかもって」
不安に思っていたことを一気に喋った。
喋ったからといって心が晴れた訳じゃない。むしろ別れが近づいたかもしれない。
「捨てられるんじゃないかって」
涼さんは顔をあげると小さく息を吐いて私の髪を耳にかけた。
重なるアーモンド色の瞳はどこか寂しげで
「俺はモモにあと何回好きだって愛してるって伝えたら信じてくれる?」
それでいて真っ直ぐ私に向けられていた。