BLUE MOON
第1章 コーヒーと花束
御礼状を書き終わったと告げると資料室へと連れて行かれた。
「今はオンラインで繋がってるから出入りする人はあまりいなんだけど、ここには俺にとって大切な資料がたくさんあるんだ。」
桜木チーフは首から下げている社員証をかざし
…ピピッ
これまたスマートに解錠した。
そして慣れた手つきでパチリと電気を付けると右奥へと歩んでいく。
…コホコホッ
初めて入った資料室は清潔に保たれているけどチーフの言うとおりあまり人は出入りしないのだろう。少し埃っぽい。
「この棚には俺が携わっている仕事の資料がまとめて置いてあるんだ」
そう言いながら資料室の一番奥にある棚から分厚い資料を何冊か手に取ると資料室を後にした。
それからだった。
営業部に戻るとドンと私のデスクにその資料を置いて
「この資料を顧客別にまとめてほしいんだ。これだとバラバラに綴じられてるから何冊も開かなきゃいけなくて効率が悪いんだよ」
「はぃ…」
さらっとチーフは言うけれどどう見ても過去5年分の顧客データ
…これって今日中に終わる?
固まる私に桜木チーフはさらに
「あの棚の資料を今週中にまとめて新しく作り直してほしいんだけど…頼めるよな?」
「ぜ、全部ですか?」
「そう、全部。」
この人は悪魔だと思う。
誰もが引き付けられるような微笑みをキラリと見せつけといて 緩やかに弧を描く唇から無理難題を柔らかく告げる。
「俺の顧客を覚えられるから一石二鳥だろ?」
今まで一般職の私が営業マンの顧客情報にここまで踏み込んだことはない。
「お願いできるかな?」
自分の足で何日もかけて掴んできた情報を一般職の私が…そんな大切な仕事の手伝いなんて
「わかりました」
私は椅子を引くとすぐにその資料を開いた。
「じゃ、頼んだよ。」
桜木チーフが私の頭上で何かを言うとタブレットを抱えて足早に営業部を出ていった。
ホワイトボードには『PM19』の文字。
私は誰に頼ることもできない状態で資料と格闘しなければならない。
「よし!」
…頼まれた仕事は責任持ってやらなきゃ!
私は心の中で握り拳を作りながら窓の外を見上げる。
明るい空に沈み忘れた月がうっすらと見えた。
…今日は満月だ
一番綺麗に映る夜までに終わらせよう。
大きく息を吐くと自身にスイッチを入れ 資料を机いっぱいに広げた。