
水曜日の薫りをあなたに
第1章 水曜日、その香りに出逢う
「でも、どうしてそんなに香水が苦手になったの」
男が、さりげなく話題を戻した。
「さあ……考えたこともなかったので。匂いに敏感なのも体質だと思って諦めてます」
「へえ」
「日本人は意外と香水苦手な人多いみたいですよ」
「うん。そうらしいね」
自分で話を振っておきながら、さして興味なさそうに相槌をうつ男。その態度にもどかしさを覚え、薫のほうがどんどん饒舌になっていく。
「もともと欧米人に比べて体臭の少ない日本人が、大人の身だしなみとか言ってわざわざ作られた香りを身に纏うなんて、なんだか変だと思いませんか」
真剣に聞いているのか、それとも聞き流しているのか、男はゆっくりとグラスを傾けてマティーニを味わう。焦らされた薫がなにか言おうと口を開きかけたとき、彼はようやく低く唸った。
「たしかに香水は、風呂と無縁だった中世ヨーロッパで生まれた文化だからね。でも現代の日本人でも自分の体臭を気にする人はいるよね。脇汗の匂いとか」
「気にしてるんですか? ワキガ臭は全然しませんけど」
「いや、僕のことではなくて」
端麗な顔に呆れ笑いを浮かべた男は、その長い人差し指で、二人の間の空席を差した。
「ここ、いいかな。僕の匂いが嫌じゃなければ」
