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水曜日の薫りをあなたに

第1章 水曜日、その香りに出逢う


 なんとなく気まずくなり、薫は男の腕から視線を外した。その手中にあるカクテルグラスを盗み見る。
 透明な液体にオリーブが鎮座する、ドライジンとドライベルモットで作る“カクテルの王様”――マティーニ。この材料にクレーム・ド・ミント・グリーンというリキュールを加えてアレンジしたカクテルこそ、まさに今彼女が飲んでいるカルーソーだ。

「あの……いつもそれですか?」

 思い切って尋ねてみると、薫の視線に気づいた男はふっと目を細めた。

「ああ、たいがいはそうだね」
「へえ」
「気が合うよね」
「お酒の趣味だけですけどね」
「充分だろ、この場所では」
「……まあ、たしかに」

 妙に納得させられ、薫は反論するのを諦めた。

「ほんと素直だね、きみ」

 そう言って、男はまたくしゃりと笑った。

 いつの間にか彼のペースに乗せられて、会話が続いている。最初に感じた抵抗心が薄れていることを薫は自覚していた。
 正反対のタイプの人間同士が、偶然見つけた、たった一つの共通点を語り合うことができる。ここは、そういう場所だ。

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