
水曜日の薫りをあなたに
第1章 水曜日、その香りに出逢う
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一人暮らしの自宅マンションに帰宅するやいなや、薫はバッグを放ってスーツを脱ぎ捨てた。少し迷ったが、バッグを探ってあの小さな箱を取り、中から出したボトルを手にバスルームへ向かった。
風呂に入る前に少しだけ試してみようと思った。嫌いな香りだったらすぐに洗い流せばいい。
洗面台の鏡に映る下着姿の女は、頬をほんのり紅く染めている。今夜はなにかが違う。
なぜだろう。店主の人間離れした美しい笑顔に見送られながらバーを出るときだって、こんなに落ち着かない気分になったことはない。清々しく幸せな気分になり、また明日も頑張ろうと思うくらいだ。
一杯目のカルーソーを飲み終えた時点で、いつもなら感じない居心地の悪さを自覚した薫は、早々に帰ることを決めたのだった。席を立ったとき、二杯目のマティーニを飲んでいたあの男は、薫が遠慮がちに落とした視線に気づいてふと顔を上げた。
そうしてこう言った――『その香り、気に入ったら今度つけてきて』。
