あたしの好きな人
第5章 新しい生活
ここで生活する前までは、いつも敬語で、歯の浮くような甘い言葉を、ペラペラ言ってた癖に。
「前はもっと可愛かったのになぁ、本性腹黒とかないわ~」
「あれは咲良を落とす為の仮面だから、セフレ認定されてるのに、取り繕ってもしょうがないからね?前の男を忘れさせる為なら、本性だしてる方がいいだろうからね?」
「……前の男」
岳人は前の男なんだろうか?
1日置きにアパートに来て、朝食を作って、あたしが仕事に行った後に、ベッドで眠って帰って。
洗濯物もあったし、哲が言うように、歯ブラシだってあった筈だ。
時々岳人の住むマンションに、行くこともあったし、岳人のベッドで眠ったこともあった。
「……なに、思い出して赤くなってんの、ムカつく、俺一応口説いてんだけど」
哲の不機嫌な声にハッとする。
じとりと鋭く睨まれて、ふいと顔を反らした。
岳人は昔の男なんかじゃない、あたし達は友人だった。
何もはじまってなんかなかったし、プロポーズされた後に、
はじまる前にあたしが逃げ出したんだ。
哲と一緒にいる時間が、岳人と一緒に過ごした時間と重なる瞬間がある。
二人で同じテーブルに座り、朝食を食べる時間。
あのかけがえのない時間は、もう戻らない。
あたしが壊してしまったのだから。