あたしの好きな人
第5章 新しい生活
社長室のドアをノックして、ドアを開ける。
「失礼します、青井です」
「……久し振りだね、頑張ってるようじゃないか」
桐谷社長は53歳の独身、以前は結婚していたみたいだけど、離婚したらしい。
渋い男前だ。
「お陰様で何とかやってます、スタッフにも恵まれますし、毎日大忙しですね?」
「それは良かった、今日君を呼んだのは、まぁ、直接君には関係のない話なんだが、このホテルのオーナーが変わるらしくてね?」
「……えっと、と言うと?」
「うちの会社は何も変わらないんだが、まぁ、早く言えば、マンションの家主が変わるというだけのことなんだがな、ホテルの持ち主が変わるだけなんだ」
「は…あ…?」
「このホテルは自社のホテルじゃなくてね?何階かは自社ではあるが、主に飲食店のある階は他者に買い占められたんだ、一応顔を見合わすこともあるかもしれないがね」
「……そうなんですか、色々あるんですね?」
「まぁ、うちはチャペルと披露宴会場があれば構わないんだが、相手が悪かったな、協力して仕事することになるだろう、カミヤダイニングだから、安心ではあるんだがね」
「……カミヤダイニング?」
「大手だからな、どんどんチェーン店も増やして、業績も常にトップだ」
……カミヤダイニングは、岳人のお父さんの会社だ。
自分の力で店を持ちたいと言っていた岳人だから、関係のない話だ。
ほっと息をついた。
「分かりました、何とか上手くやっていきます」
「ああ、このことは社員には言わなくていいから、無駄に不安にさせる必要もない」
「分かりました」
話はそれだけだったから、社長室を出て、明日の披露宴の料理の確認をしに、飲食店の階に足を運んだ。
いつからビルの持ち主が変わるとか、詳しいことは聞かなかったな。
でも、仕事の内容には変わりはない筈だ。
前向きに考えて、最上階に行くために、エレベーターに乗った。
エレベーターに乗り、最上階に着いて、ドアが開いてすぐに出た瞬間、
隣のエレベーターが閉まるのが、チラリと見えた。
一瞬だけど、ドアが閉まる瞬間、中にいる人と、目が合った気がしたんだ。