あたしの好きな人
第5章 新しい生活
今の……岳人?
そんな筈はない、ここは大阪で、以前の岳人ならこの時間は寝ている時間だから……。
カミヤダイニングの話が出たから、そう思ってしまうだけで。
こんな場所にいるわけなんて、ないのに……。
下りていくエレベーターの番号を見て、気がついたら、また、すぐにエレベーターに乗り、一階へと向かう。
エレベーターの中で、心臓の音だけが、やたらとうるさくて、時間が長く感じた。
チンという音と共に、エレベーターを下りて、ふわりとした、コロンの香りに気付いた。
岳人と同じコロンだ。
急いでフロントの前を横ぎって、キョロキョロしながらホテルの外に行く。
「……岳人っ」
見覚えのある後ろ姿。
スラリとしたスタイル。
お洒落な薄茶の髪。
間違いない。
走って追いかけようとして、ピタリと立ちどまる。
追いかけてどうするの?
合わせる顔なんかないのに……。
久し振り、元気でやってるよ?
あの時逃げだしてごめん。
あたしは岳人のこと、まだ好きなんだよ?
……言えるわけ、ないのに。
ホテルの外で、凍りついたように立ち尽くす。
小さくなっていく、岳人の後ろ姿をじっと見て、頬を伝う涙に気付いた。
翻るトレンチコート、風になびくサラリとした髪、長い足をさばくようにして歩いて行く。
その姿を。
ただじっと見つめていたんだ。