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『untitled』

第3章 一線を、越える

「やっぱり……木村くんだ」

さっきの表情が嘘のように、ニカッとした笑顔でこっちに走ってくる松本。

さっきのは見間違えか?

「おー、どうし……」

「あっ、潤くーん」

心地よかった重みが無くなり、覚束ない足取りで松本の元へと向かう。

「危ない…っ」

俺は手を伸ばしつつ、ナリに駆け寄った。

「おっと、ニノ……飲み過ぎ」

松本の方が早かったのか……

間一髪でふらついたナリを抱き留めた。

「だってぇ、木村くんとご飯だよぉ。そりゃ飲むでしょ」

「ホント、すみません」

クターっとなっているナリを支えながら、俺に頭を下げる。

「いいよ、それだけ気を許してくれる後輩なんていないから嬉しいよ」

「そう……ですか」

俺の中でハキハキと話すイメージのある松本の歯切れの悪い返事。

そして一瞬曇った表情。

「ねぃねぇ、せっかく潤くんに会えたんだし……もう一軒!木村くんもいいでしょ?」

目を潤ませながら俺を見つめ、こてんと首を傾げる。

これは、ダメだろ……

「俺は構わないけど」

「大丈夫だよねぇ?潤くん」

おいおい、メンバーにもかよ……

さっきした俺にした仕草を同じように松本にする。

俺だけじゃないって事に少し残念な自分がいた。

「ダーメ、木村くんに迷惑かかるだろ」

「えー、いいじゃん!ねぇ?」

俺の手を取ると、ギュッと握りしめた。

「俺は大丈夫だぞ。松本とも飲んでみたいし」

懐の広い先輩を演じてみるが、本心はもっと酔っぱらうナリを見たいって好奇心。

「ね?ね?木村くんもいいって言って……」

「ワガママ言わないの」

優しい口調とは裏腹に、強引に俺の手からナリの手を引き離す。

そしてグッとナリを支え直すと、さっと俺に背を向ける。

「ホント、すみません。悪酔いしてるみたいなんで俺が送って帰ります」

「あ、そうか……じゃあ、頼むな」

首だけこっちを向けて会釈すると、松本の態度の急変に唖然とする俺を置いて2人は歩き出した。

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