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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

 そして何より、トンジュの子どもを生んでみたいと願っている自分自身にサヨンは愕いていた。
 鴛鴦と猿の置物を後生大切に持ち、次に向かったのは小間物屋である。小間物屋の主人はまだ若い―トンジュと同じくらいだった。すごぶる美男で、陽に透けるような茶褐色の髪と色素の薄い榛色の瞳、それに彫りの深い彫刻のような美貌は朝鮮人には珍しい。
 当人は自分を見る他人の視線には馴れているようで、
「俺のお袋は異様人だったんだ」
 と事もなげに言っていた。名前も光王(カンワン)ときらきらしい美貌にふさわしい派手なものだ。
 女には手が早いことでは有名らしく、光王の隣に店を出している鶏肉屋のおじさんに言わせると、
「あんたも気をつけなよ。こいつは襁褓をした赤ん坊であろうが腰の曲がった婆さんだろうが、女なら誰でも良いんだから」
 ということらしい。
「何だよ、酷い言い草だなぁ。それじゃ、俺が正真正銘の女たらしみたいじゃないか」
「そうじゃなかったのか?」
 嘆く光王に、鶏肉屋の主人が平然と言ってている。
「うちの娘にちょっかい出そうとしただろうが」
「あれは俺が手を出したんじゃないぞ。おじさん(アデユツシ)ちの娘が色目を使ってきたんだ」
「お前が誰にでも思わせぶりな態度を取るのが悪いんだ! お前と話してたら、女は皆、その気になる」
 二人はまだ懲りずにやり合っている。
 光王は見た目は良い加減だが、商人としてはきっちりとしていた。サヨンの縫った刺繍入り巾着を検分し、〝これなら十分売り物になる〟と請け負ってくれた。その場ですぐに値段交渉も成立して、賃金まで貰った。
 これからは良人が月に一度、薬草を卸しにくる際、ついでに仕上がった巾着を光王に届けにくるだろうと言うと、光王は心底残念そうな顔をした。
「残念だなぁ、サヨンのような良い女がもう人妻だなんて」
 どこまでが本気か判らない台詞を溜息混じりに口にする。
「旦那と喧嘩したら、俺のところに来いよ。泊まる場所くらいあるからさ」
 帰り際、呑気に声をかけてくる光王を鶏肉屋が呆れ顔で見ていた。

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