
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第2章 氷の花
夫婦が隣近所に響き渡るほどの大音声で喧嘩した挙げ句、妻が良人に鍋釜を投げつけるなどという光景も、その日暮らしの庶民ならではの光景だった。
身分が高くなればなるほど、結婚は家同士の結びつきと見なされ、家門の高さが重要視された。貴族である両班階級ともなれば、当人同士の意思などは最初から無視され、互いの権益やその結婚の及ぼす政略的効果が重要視される時代だったのだ。
一体、何のために自分はこの世に生まれてきたのか。
それは、常にサヨンの奥底にわだかまり続けた疑問であった。十九年生きてきて、自分はまだその応えを見つけられていない。
「何を考えているのですか?」
静かな刻はトンジュの突然の言葉によって終わった。
「氷華を見ていると、お父さまの言葉を思い出すわ」
「旦那さまの?」
「ええ」
サヨンは頷きながら、改めて父が一家僕にしては不自然なほどトンジュという男に興味を持っていたことを思い出していた。
大体、コ・ヨンセという男は商団を共に動かす団員たちだけではなく、屋敷の下働きの一人一人に至るまでに眼を配れる人物であった。自邸で働く奉公人を監督するのは夫人の役目であるが、妻を早くに失ったヨンセはそれを執事や女中頭任せにしなかった。
自らが屋敷内の人事にまで細かく気を配り、主人の世話を担当する上仕えだけでなく、対面することのない下仕えの者たちにも親しく声をかけ、その仕事ぶりを見ていたのだ。
その父はどういうわけか、下男の一人に過ぎないトンジュを気にかけていたのだ。
―あの男が奴婢の身分だというのが惜しまれてならないな。あれほどの人物はそうそうお目にはかかれないぞ。働き者であるのは言うに及ばず、頭の回転も良いし、何より物事の先を見通す先見の明というものを生まれながらに備えている。ソン・トンジュが賤民でなければ、お前の婿に迎えて、この商団の大行首の地位を譲りたいくらいだ。
いつか一度だけ、ポツリとそんなことを呟いたことがあった。
自分の思惑をたとえ実の娘とはいえ、普段ならけして見せない人がちらりと覗かせた本音だけに、サヨンの記憶に強く残っていた。
身分が高くなればなるほど、結婚は家同士の結びつきと見なされ、家門の高さが重要視された。貴族である両班階級ともなれば、当人同士の意思などは最初から無視され、互いの権益やその結婚の及ぼす政略的効果が重要視される時代だったのだ。
一体、何のために自分はこの世に生まれてきたのか。
それは、常にサヨンの奥底にわだかまり続けた疑問であった。十九年生きてきて、自分はまだその応えを見つけられていない。
「何を考えているのですか?」
静かな刻はトンジュの突然の言葉によって終わった。
「氷華を見ていると、お父さまの言葉を思い出すわ」
「旦那さまの?」
「ええ」
サヨンは頷きながら、改めて父が一家僕にしては不自然なほどトンジュという男に興味を持っていたことを思い出していた。
大体、コ・ヨンセという男は商団を共に動かす団員たちだけではなく、屋敷の下働きの一人一人に至るまでに眼を配れる人物であった。自邸で働く奉公人を監督するのは夫人の役目であるが、妻を早くに失ったヨンセはそれを執事や女中頭任せにしなかった。
自らが屋敷内の人事にまで細かく気を配り、主人の世話を担当する上仕えだけでなく、対面することのない下仕えの者たちにも親しく声をかけ、その仕事ぶりを見ていたのだ。
その父はどういうわけか、下男の一人に過ぎないトンジュを気にかけていたのだ。
―あの男が奴婢の身分だというのが惜しまれてならないな。あれほどの人物はそうそうお目にはかかれないぞ。働き者であるのは言うに及ばず、頭の回転も良いし、何より物事の先を見通す先見の明というものを生まれながらに備えている。ソン・トンジュが賤民でなければ、お前の婿に迎えて、この商団の大行首の地位を譲りたいくらいだ。
いつか一度だけ、ポツリとそんなことを呟いたことがあった。
自分の思惑をたとえ実の娘とはいえ、普段ならけして見せない人がちらりと覗かせた本音だけに、サヨンの記憶に強く残っていた。
