恋人⇆セフレ
第5章 俺の犬
「志乃」
待ち合わせ20分前。
まだ来てないだろうと踏んで、賑わうカフェで席をのんびり探していると、かけられた声に「は」なんて間抜けな声を返してしまった。
空耳か?とキョロキョロしている俺の耳に、クスクスと楽しそうな笑い声が聞こえ、
「うしろ」
「うわ、」
ポンッと軽く肩を叩かれて今度こそ叫びそうになった。
ギギ、と錆びた鎧のようにゆっくり振り返ってみれば、口角を僅かにあげて微笑む真木がいた。白のワイシャツに、踝の見えるベージュのチノパンというラフな格好のくせに、真木が着るとモデルのようになるから不思議だ。
「ま…澤木先生、早いですね」
「?普通じゃないの?」
キョトンと首を傾げた真木の両手にはテイクアウト用のカップに入ったブレンド2つ。
それを見やりながら、そうだ、こいつはこういうやつだったと思い出す。
離れる直前まで俺が真木の家に行くばかりだったから忘れがちだったが、外で待ち合わせる時はいつも真木が先に来て、俺の姿が見えたらこうしてコーヒーを用意してくれていた。
「いや…それより、新作の相談ですよね。とりあえず席に座って話を聞きます。…コーヒーもありがとうございます」
「あぁ」
何も感じてない。何も感じてないからな。
僅かにトクトクと鳴り出した心臓に気付かないふりをして、窓側の席に向かい合って座る。