恋人⇆セフレ
第8章 したい、させたい
大学に入って初めて選んだバイトは、珈琲専門店だった。
入った理由は単純で、珈琲が好きだから。
専門店なら、自分でも美味しく淹れるコツが得られると思ってマスターに声をかけたんだけど、「珈琲が好きな人なら十分だよ」と即採用してもらえた。
そして、そろそろ仕事にも慣れてきた頃。
その日の俺は、テストやレポートに追われ、少し疲れていた。
「すみません」
「はい?」
シルバーを慎重に磨いていた時、声をかけられて振り返った俺は、心の中で「あ」と声を漏らした。
振り返った先にいたのは、想像していた通りの綺麗な男の人。
「ブレンド2つお願いします」
いつもの如く、隙がないけれど耳に心地の良い声を発したその人は、振り返った俺を見た途端に優しく目を細めて笑った。
え、わ、笑った…?
「君、バッチが逆さまですよ」
「え、あ、」
いつも表情を崩さないその人が笑ったことに動揺し、たどたどしい返事をしてしまう。
マスターは金色のバッチ、バイトは赤のバッチを付けているのだけど、常連のこの人は模様が逆さまなことに気がついたらしい。
「す、すみません。ありがとうございます」
「いえ」
いそいそと直しながら、ちらりとその人を盗み見る。
サラサラの黒髪を右耳にかけ、白い肌に映える桃色の唇。スラリと身長は高いけど、男性にしては華奢な体。なんといっても、魅惑的な瞳に一度捕らえられると逸らせない。
俺はその瞳に吸い込まれそうになりながら、ドキドキする心臓に静かにしてくれと言い聞かせてから珈琲を淹れ始めた。