子供じゃない…上司に大人にされ溺愛されてます
第8章 本当に好きな人
「ねぇ、森下さん、わりとすぐに気が付いたんだけど、あそこで騒いでいるのって、麻生だと思うんだよ?」
張り切って前の席を陣取るあたし、誠也さんは服が濡れるからと、
一応心配して反対してくれたけど、
せっかく来たんだし、
イルカショーって初めてなんだもん。
前の方だから、イルカが前を通る度に、プールの水面が揺れて、
水飛沫が跳ねて行く。
大きなイルカの迫力に圧倒されて、服が少し濡れるのも構わずに、
ついつい近付いてしまう。
「…すごいっ、…すごいよ…っ、見て見て…っ、誠也さん…っ?」
ふっと諦めたように笑う誠也さん、前に近付き過ぎるあたしの体をひょいと抱えて、
席に座らせてくれる。
「濡れるから、危ないだろう?それに森下さんが、水の中に落ちたら大変だよ?」
落ち着かなくて、すぐに立ち上がるあたし、柵にしがみついて、
誠也さんがあたしの体を支えてくれて、すぐ目の前でイルカが飛び跳ねて、
波が高く上がった。
「……危ないっ」
ひょいと抱きしめられて、背中に庇われる。
目の前に誠也さんの胸板が押し付けられて、お陰であたしは濡れなかったけど、
決定的瞬間だったのに、
イルカの勇姿が見えなかった…っ。
背中に思い切り、水飛沫を浴びてしまった誠也さん、
「……すいません…っ」
慌てて体から抜け出して、鞄の中からタオルを出して、
背中を拭いた。
周りの観客は盛り上がり、騒がしい中、誠也さんの体を拭いて、
上着を脱いで、少し離れた場所で席に座った。
……なんだか不思議。
会社では顔を会わすのに、こうして改めて、隣どうしの席に座るなんて。
……落ち着かなくて、そわそわしてしまう。
土曜日だからか、家族連れが多く、後ろの席の方が騒がしい。
何となく、会話も途切れて、イルカショーを黙って見る。
誠也さんが隣の席で、少し腰を浮かせて、あたしとの距離を縮めた。
それが何だか嬉しくて、そっと包むように手を繋がれて、
びくっ、
思わず体が勝手に反応して、誠也さんの顔を見てしまう。
艶やかな色気を放つ、綺麗な顔。
その瞳に吸い寄せられるようになり、お互いの顔が近付く。
ゆっくり傾く、端正な顔をつい見惚れて、
唇が、重なった。