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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



「あ、ありがとうございます」

「いえ、失礼いたします」

使用人はまた深々と礼をして音を立てずに去っていった。

実家にいた時にもお手伝いさんはいたが、彼女は家事や料理をしてくれていただけでこんなに至れりつくせり、一日中身辺の世話まではしていなかった。

こんなに良い待遇を受けているのに、僕はそれを素直に喜べていない。

理由はもちろん、ここにいるのが僕の本意ではないから。そして、彼らを雇うための資金は…

高梨の稼いだ金でもあるわけで…


そう考えていると、高梨が勝手に立花の下で働くと決めてしまったことや自分だけが傷つかずに守られている、さらにこんなに良い待遇を受けていることに腹が立ってくる。

それと同時にここから逃げ出してしまいたくなる。

けどもし逃げたら…
高梨が今まで僕のためにしてくれたことの意味を否定することになる。

僕はここにいる事でしか、高梨のことを尊重することができない。

だけどやっぱりこんな所でじっとしているのは
どうしても納得できない。


やっぱり、なんとかして逃げるべきなんじゃないか


高梨も一緒に、どこか遠いところへ
立花には追いかけられない遠いどこかへ


「夕紀君?」

ぎく、と体が固まった。
扉の向こうからしたのはサキの声だった。

「は、はい」

入るね、と扉が開いた。
僕は眼鏡をかけた。

「テラスでお茶でもどう?」

学校に行かなくなって、朝の日課はサキちゃんとのお茶会になっていた。

「うん、行くよ」

「良かった。今日は新しい茶葉が入ったの」

逃げたいと言っても、サキちゃんを目の前にするとやはりその笑顔を壊す勇気がなくなってしまう。


テラスに出ると、広い庭に咲く花が強い日差しに照らされていた。空は高く、遠かった。


「ここ、良い景色でしょ。私、嫌な事があると必ずここに出て泣いてたの。家の中で泣いてるとお手伝いさんが来ちゃうから」

「私、今までずっと不自由なく生きてきた。
もちろん何でも思い通りにはならないけど、
とても恵まれてた。誰も私を普通の子供みたいに扱わなくて、本当…お嬢様って感じ。
でもそれは、愛されてるからじゃなくて
私のお母さんのおかげなの。
だからもしお母さんがいなくなったりして権力がなくなったら、きっと皆んな手のひらを返して消えていくんだと思う」

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