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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



吹き出したのは八霧で、お嬢さんなどと気安く呼び止められた20代後半の使用人は状況を把握できてすらいないようだった。

困惑して思考が進んでいないうちに畳み掛ける。

「ああ、すみません。私、日本久しぶりで」

金色の髪の毛が似合う顔ではないと自覚しているが、別人のフリをするのは得意だ。

海外へ行った経験も数えるほどではあるが無いわけではない。

あのカリフォルニアの空気を思い出せ。
今の俺は世界を飛び回るカリスマデザイナーだ。
間違いない。

「私はウィル・ジョンソン」

「は、はぁ…」

突然のカタカナに驚いた様子の目の前の彼女は、仕事柄普段から制服ばかり着ているので、洋服選びなども十分に楽しむ時間はなさそうに見える。

ふむ、と彼女の服装をわざとらしく確認した後、
黒縁の伊達メガネを外して胸ポケットにさした。

「急な訪問、申し訳ない。お許しください。
ただ、このところ休暇が取りにくく。
新作の、私の事務所でデザインしたもののプレゼンが近くてね。
だけどどうしてもここのご主人に先に見せておきたくて…あ、彼女は専属のモデルで」

俺が手のひらで促すと、八霧はハーイと元気よく挨拶をした。
今まで日本語で話していたくせに突然外国人風に路線を変えるな!

ごほん、と咳をして黙らせる。

「まあ…そんなわけで私達も急いでいます。
スケジュールがタイトです。
エアプレーン、間に合わないかも」

苦い顔で腕時計を見る素振りをする。
使用人はどうやら上手く外国人風の演技に乗せられてくれたようだ。

「な、なるほど。こちらの確認不足でした。申し訳ございません。お急ぎでしたらただ今ご案内いたしますので…どうぞ。」

彼女は半信半疑ながら真っ白く重そうな扉を両手で押し開けた。

「ハウ・スウィートッ!」

両手を広げ、天に向かって空高く叫ぶ!

「へっ!?」

「ぶはっ」

八霧が涙を流すほど笑っていようと、俺…いや、
ウィル・ジョンソンはたしかに真摯に感謝を表現しようとしている紳士…






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