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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



全財産だった

唯一、汚れのない

俺自身の手で生み出した

汚れひとつない真っ白な純白の財産

その羽が、その羽さえあるならば

生きていけると思った


もし、この先一文無しになって

家も家族も金も友達も着る服も食べ物すらも消えて

誰かから蔑まれ、卑しい奴だと忌み嫌われようと

構わないと思った、その羽さえあるならば


なぜなら、その羽は白いから

俺自身の手で奏でた音が生み出した羽は白いから


誰が何と言おうと、俺は満足するだろう


その美しい白い羽さえあるなら

例えどれだけ苦しい人生でも生きていけると思った

むしろ

その白い羽がなければ

俺の人生など意味がなく

金がいくらあろうと家が広かろうと

身分が良くなろうと

他人から崇められるほどの偉人に成り上がろうと


俺はそんな人生なら要らなかった

もし、その白い羽がないならば


だけど

ある時、突然に



黒い羽が降ってきた


その瞬間、夢だろうと思った


一度手を止めて、少し眠った


疲れているんだろうと


そしてまた鍵盤に手を置いた


「大丈夫」


そしてまた指を踊らせる


するとまた黒い羽が空から


ひとつ、ふたつ


「大丈夫」


しかしまた、

ひとつ、ふたつ、みっつ



「大丈夫…大丈夫」



空は真っ暗になった


ピアノは元から黒いのに

もっと、黒く、黒くなって見えなくなった


足元も黒くなっていった
黒い絨毯が埋め尽くしていった


ついに足や手からも黒い羽が生えてきて



違う、違うこんな音は俺の音じゃない

でも黒い羽は降り止まない




14歳の頃には


俺の体が真っ黒になった





ピアノに向かって


もう白い羽が見えないけど

黒い羽が白を塗りつぶすけど



もう、人生は真っ黒だけど

それさえあれば何も要らないと思っていたものは

もうないけど



「大丈夫」




それはとても心地よい


心地よかった


その黒い体なら、夜出歩いても目立たず
夜に馴染んでいく



諦めろ


お前はもう、黒いんだから


白い羽はもう降っては来ない

いくら待っても無駄だ

どんな努力も無駄だ


希望なんて捨ててしまえ


そうすれば普通に生きていける


もちろん白い羽があれば人生は美しい


だけど

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