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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



鐘が鳴り始めた

12時を知らせる鐘だ




目を閉じた
もう眠る時間なのに
疲れているはずなのに
眠たいはずなのに


先生の姿が頭から離れなくて



誰かに慰めてほしくて


鐘が鳴り止んだ時、コンコンと扉が叩かれた


「…ん」

話す気にもならなくて、投げやりに声を出した


「旦那様?まだお眠りになっていないのですか」


なんだ、こんな時間に…
若い男の使用人は扉の向こうから話した。


「申し訳ございません。
その、声が聞こえましたので」

泣き声が、ということか


「それで…気分がよろしくないのであれば、
入眠に良いという漢方をお持ちしましたので。
もう12時もすぎましたし…いかがですか」


泣き声を聞かれているとはこの上なく恥ずかしいことだったが、それも仕方ない。
この家には使用人が朝から晩まで働いているのだから、ある程度プライバシーが侵害されるのは予想されている事だ、


「…はい」

まだ敬語なしで話すほどには慣れていない。
それに彼らが年上なのだから、それが当たり前だ。


「では、失礼いたします」


使用人はランプを持って、ティーカップの乗ったトレイを運んできた。


「どうぞ、召し上がってください」

かちゃ、とした陶器の音が心地よかった。
暗い部屋にランプの暖かい色が広がる。

「ん…」


漢方と言ったから苦いのだろうと思って構えたが、
味はむしろ甘く感じた。
いや、美味しい。

ごく、ごく、と乾いた喉が喜んでそれを飲み干した。


「はぁ…美味しかった」

カップを渡すと、使用人は優しく笑った。
ここの使用人は皆、親切で丁寧、そしていつも笑顔だ。こんな部外者同然の僕でも、まるで昔からの関係のように親密に接してくれる。


「それは良かったです。あ、それと」

彼のジャケットの胸には《桃屋》と書いてあった。
そして桃屋はそのジャケットのポケットから小さな丸いものを取り出した。

よく見ると…

「飴…?」

透明な包装の中に、ピンク色の飴玉が入っていた。


「これも、睡眠にはとても良いんですよ」

「でも、寝る前に飴は…」

「シュガーレス、砂糖は使ってないので虫歯の心配もありません。これ、評判なんです。とても気分が良くなるって」

桃屋はそう言って、袋を破いた。

「はい、お口開けてください」

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