
触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
裸になった飴を差し出された手前、断ることもできず口を開けた。
口に入れられた飴は、舌で転がした途端
ふんわりと桃の香りが広がった。
砂糖なし、と言われたがこの甘さは一体何の味なんだろう。
しかしその評判の通り、気分が良くなっている気がする。
桃の香りは漢方と似た香りだった。
「…なんか、ねむくなってきたきがします」
飴がするすると溶け出して、あっという間になくなってしまった。
口にはまだ桃の香りが残っている。
その甘い香りにぼんやりとした頭の中。
外は雨が降っていた。
その雨音に溶け込むように、このまま眠れるような気がする…
「それは良かったです」
桃屋はまた、同じように言った。
その声はまるで催眠術だった。
聞いていると自然と瞼が落ちるような…
「…」
すー、とかすかな寝息が雨音に混じる。
「…ふう」
ようやく七瀬夕紀が眠った。
《桃屋 啞夢 モモヤ アム》
ここからは私が話をするとしよう。
眠っているこの少年は、当家の令嬢サキ様の婚約者である。
私は18からここに勤め、早3年。
その短い間にサキ様は何度も婚約者を変えた。
ある時は航空会社の社長の息子、
ある時は凄腕のソフトウェア開発者、
ある時は将来有望な公務員だったりもした。
それが今、コレだ。
ただの高校生。
なんの取り柄もない、ただ幼馴染であるという事しか特徴のないコレだ。
まあ、顔はいいかもしれないが
それにしてもおかしい。
サキ様は母親の権力に釣り合うような、
有望で同じく将来大きな権力を持つだろうとされる相手しか見合いの相手には選ばなかった、
まさか、この高校生がそうだとでも言うのか?
たしかに、茶道やピアノといった才能はあるようだが、それが到底あの母親と対等な立場に立てるほどのものとは思えない。
子供の顔をして眠っている七瀬夕紀の何が良かったのか、それは考えてもわかりそうにない。
しかし、そんな事は実際どうでも良い事だった。
私の目的はただ一つ、この七瀬夕紀を追い出すこと。
何のために、だって?
「おい、もう寝たぞ」
