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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



「そっか、そりゃあ痛手かもね」


社長は呑気にコーヒーを入れている

「社長、一般人のスキャンダルを特ダネにするにはどうしたらいいんですかね」

「うーん、一般人を有名人にするとか?
って、そんな簡単にいかな…」

「社長」

そうか、最初からそうすれば良かったんだ

「ん?」

「それでいきましょう」

「…え?」

「七瀬夕紀を、有名人に」


……




「あー、それ特に不思議なことじゃないかもね」

「なんでですか?」

使用人として仕事中、同僚から思いがけない反応が返ってきた。
七瀬夕紀が浮気しているらしい、という噂を聞いたと話してみたのだが。

「知らないの?今回の婚約も恋愛の延長じゃないって。私聞いちゃったんだよね」

「だとしたらなんで…」

じゃあ、やはり七瀬夕紀は…

「んー、たしかにサキ様は恋愛感情があるように見えるけど、七瀬さんの方は全く?
でもサキ様が婚約者探しに疲れちゃったみたいで、
二人ともとりあえずって感じ?でー」

あの若さで婚約…
しかし恋愛感情なし…?


「カモフラージュ…か」

「え?」

「ああ、いえ!なんでもありません。
ありがとうございました、じゃあ私は清掃に…」

「あ、そうだ!待って桃屋さん」

はい、と振り向くと小さいメモが渡された。

「七瀬さん…旦那様がお呼びでしたよ」


昨日の夜のことか…?

夜勤なので、昨晩ぶりに始めて顔を見せることになる。一体何が書かれているのか、少し楽しみにしている自分もいる。

変だとは思いつつ…



《桃屋さん
お聞きしたいことがあります。
時間が空いたら僕の部屋まで来て頂けますか?
お待ちしています 七瀬》


こんなに堅い文面だとは思わなかったが、
きっと話題は昨日のことに違いない

…言い訳、何も用意してないな

でもきっと大丈夫だ
ジャケットのポケットに飴があることを確認した

これさえあれば、どうにでも。


…それにしても。
たしかに私はあそこまでする必要があったのだろうか。

もちろん答えは分かっている



午後24時


コンコンと扉を叩いた


「旦那様、桃屋です」

自分の声が別人になる

「…はい、どうぞ」


はっきりしない掠れた声が返事をした


扉を開けると、オレンジ色のランプが仄かに真っ暗な部屋を照らしていた

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