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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨



恐らくこの少年もこの類の薬を過去に一度や二度は試しているのだろう。白塔組に関わるとはそういうことだ。

彼は紅茶を飲んでため息をついた。

「…あの、もう一つ質問があるんですが」

彼はまた一段と声を低くした。

「何でしょう?」

彼のカップを持つ手に力が入る。

「離れていても、好きな人のことはずっと好きでいられるものなんでしょうか」


《知らないの?》
同僚の中野の言葉を思い出した。
サキと七瀬夕紀は恋人関係ではないという話。
つまり今少年は別の誰かを想ってこんな風に悩んでいるというわけか。

夜の氷山が浮かぶ海のように深い瞳の奥底に
何か黒く光を吸い込むような冷え切った闇がある

まるで数千年同じ海底に沈む錆びた船のように

二度と動くことはなく、気づかれることもなく
時折海を貫く光に目を背けながら

そんな深く暗い世界にいる寂しさと心地よさを
私はどこかで感じたことがあった

あまりに孤独で、それでも暗闇に慣れすぎて
光があまりに煩くて
抜け出すことすら苦しかった
その海で息を奪われていることにだけは気づかず

ただその静かさに身を委ね
孤独であることに誇らしさすら覚えた

歪んでいる
それでいて真っ直ぐでまっさらで
他の何も混ざらない純粋な世界

まるでそこは教会のようだ
ただ一つの神を信じて
それ以外の何も望まない信徒のようだ

そんな神聖なものには程遠いか

そもそも神聖である神も
人が作り出したものならば
きっと私とそれほど変わらないのではないか

「…すみません、桃屋さんに聞くようなことじゃなかったですね」

黙っていた私を見て、彼は伏し目がちに謝った

私は首を振り、答えるべきことを考えた

私は今、何を目的に彼と話しているのかを思い出しながら。


「そうですね…。私には分かりません。
恥ずかしい話ですが、恋人というものがいた経験がありませんので」

上辺だけの作り笑いは、きっと使用人の小慣れた愛想笑いとさほど変わらないはずだ。
彼は少し驚いてみせた。

「そうなんですか。
僕も…いたのかいなかったのか、わからないです。
好きになった人も少なくて。
だけど、忘れられない人がいて…もう関わらない方がいいとはわかってるんですけど。
こんな風に悩んだり思い出して辛くなったらして疲れるし…もう、忘れたいくらいなんです」

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