
触って、七瀬。ー青い冬ー
第19章 夢色の雨
忘れたいなんて嘘だった
本当は今の気持ちを全てぶつけて
どれだけ傷ついたか
勝手に離れていって
勝手に置いていった罪の重さを
分からせてから
まだ好きだって
…もし言えたら
またあの声が僕の名前を呼んでくれたら
でもそんな希望が積もるほど
積もるほど痛い
痛い 痛い
息が苦しい
息ができない
首締められたみたいで
肺がカラカラになっていく
嫌だ、息がしたい
楽になりたい
こんなに苦しくても
君を知らなかったあの頃より
僕は今幸せなのかな
なんでこんなに痛い思いしてるんだ
痛いのはもう嫌だ
苦しいのも苦いのも
嫌なのに
それでも君を忘れたくない
もし君を忘れたら僕はまた海の底
戻ってしまったら多分もう二度と戻れない
僕を水面上に引き上げて
息を吸うことを教えてくれる人なんて
君以外いるはずない
世話焼きでお節介でうざったい
面倒で煩くて煩わしくて煙たくて
眩しくて
見つめられるのが嫌になるほど綺麗な目
そんな目で僕を見てくれる人はいない
いるはずがない
いて良いわけがないんだって
だってもし君以外にいたなら
僕はまた探さなきゃならない
それまで僕は息を吸うことに憧れて
苦しみを苦しみとして味わわなきゃいけない
息を吸わないことが当たり前じゃなくなって
酸素がほしくなってしまう
その間中、君を失っている間ずっと
次に僕を引き上げてくれる誰かを待つ間ずっと
君がくれた海の外の一瞬の輝いた世界を
夢見たまま待ち続けなくちゃいけない
そして君をずっと思い出しながら
また苦しみながら
永遠に彷徨うんだ
二度と得られないかもしれないのに
希望だけ
思い出だけ
きっともうこれ以上何かを望まない方がいい
これ以上苦しむのはもう嫌だから
これ以上の幸せを知ったりして
その後の闇をもっと暗くしたりするのは
もう嫌だって
「…旦那様?」
あ
息を吸うのを忘れていた
…吸わないと。
自分一人で。
“もう、子供じゃないんだから”
「…すみません。変な話してしまって。
もう大丈夫です。ありがとうございました」
依存していた
誰に、とも言えない
いつも誰かにすがりついてしがみついて
泣きついて追いかけて引き止めて甘えていた
ああ
吐き気がする
