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触って、七瀬。ー青い冬ー

第19章 夢色の雨




もう、全部無かったことにしてしまいたい

息なんて普通にしてれば吸えるって
そう思えるように





「どんな方なんです?」

桃屋が言った




気持ち悪い

脇腹を掴まれ潰されるような
痛くて嫌な感覚

もう思い出したくないのに
かき乱されていく不快感

吐き気がする


「もう、話したくありませんか」

良かった
それが伝わってくれて

僕は頷くしかできない

そうですか、と桃屋は言った


「今夜は、眠れそうですか?」

そんなの、聞かなくても


何も答えないでいると
桃屋は目の端で笑った

「お茶、冷めてしまいましたね。
また淹れましょうか。
それまで飴でも召し上がりますか?」

桃屋がポケットから出したのは、
見覚えのある桃色の飴玉だった。

もしかして、多分…

「昨日…」

桃屋が包装を破って、飴玉を僕の手のひらに乗せた

ほのかに香る桃の香り

決してまとわりつくことはない
包み込む柔らかな甘さ

「僕、昨日も、これ頂きましたか」

こめかみの奥が痛んでくる
何か、忘れてしまったものがある

それが何かわからない


「…覚えていらっしゃらないのですか?」

桃屋が驚いた様子で僕を見た


確か、昨日は…
桃屋は部屋に来た。

それで…いつ眠ったんだろう

思い出そうとすると頭痛が酷くなる

釘をこめかみに打ち付けられている
金槌で何度も何度も

視界が歪んで痛みに涙がにじむ
息すらまともにできずに痛みが増していく


「い、た、…!」

体温が下がっていく
体が震えて寒気に感覚を奪われる
鉛のような鈍い体
指先も感覚がない


「は、っ…あ」

誰か、助けてくれ


《…可哀想に》


誰が、可哀想だって…?


「…不味いな」

何か桃屋が呟いて


「口」

クチ、と言われて反射的に緩んだ唇の間、
親指が割り込みねじ込まれる

水が一気に流れ込んでくる

咳き込む暇もなく、粉末が流し込まれる

「んっ、ぐっ、!」

「飲んで」

口の端から水が漏れる

何を飲まされているのか分からない恐怖が、
飲み込むことを拒否していた

すると桃屋の手が顎を押し上げ口を強引に閉じさせる

息ができない

「早く」

急かす声は言葉とは反対に冷めていた

「んんっ!」

もう良く前が見えないが
これを飲んだら死ぬ気がした

「死ぬか?今」

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