テキストサイズ

触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫


「痛い…」

首や脇腹、噛みつかれた跡がビリビリと痺れた
桃屋は首を傾げて僕を見下ろした

「痛みは時に、他の傷の痛みを紛らわせてくれるものです」

ばん、と車の扉は閉められる
桃屋は運転席に座った

「注射が痛い時、空いている方の手で脇腹を抓るんです。そうすると、針が刺さっているのを忘れられるでしょう」

今は思い出すだけで吐き気がする
平賀さんの手つきや目つき

「それでも結局、痛いんじゃないですか…」

「ええ、だから私は注射針が嫌いです」

桃屋は信号でブレーキを踏み、ピンク色の飴をポケットから出して口に放り込んだ

ぽつ、ぽつ、と滴は窓に落ちてきた
今日も肌寒い空は不機嫌だった
すぐに蛇口を全開にしてその口を潰したように
突き刺すよな雨風が音を立てる

不機嫌な空にはいつもうんざりしていた
なんで天気一つに僕の心の気分まで左右されてしまうのかって

君が不機嫌だと、僕もそんな気がしてくるからさ
やめてもらいたいんだけど

道路は水溜りを作ってライトを反射する

…いや、今日は僕も気分が悪いよ、最悪だ

僕の頭の中にはダウンバーストを起こしながら大きな黒雲が迫ってきて今にも地球を沈没させそうだ

雨なんて大嫌いだ

桃屋は窓の外を見て少し笑った

「旦那様、今日は雨が綺麗ですね」

「雨が綺麗なわけ、ない」

信号が青になった
桃屋はハンドルを握った
車が音もなく走り出す

「雨は厄介者ですね

不格好で身勝手で不器用で迷惑ばかりかけて、
鬱々として周囲も暗い空気で包み込む

そのくせこちらが何をしても意味をなさない

ただその雨粒で人を濡らすことで自分の存在を主張して承認欲求を満たした気でいる

心配をして傘をさして相手をしてやった側に残るのは湿った髪の毛の不快感だけ

どこかの誰かにそっくりで
美しいではありませんか」

「僕がそうだと言いたいんですか」

「いいえ、皆そうです」

「…それは、良かった」


聞かないといけない事があったのに、
心が疲れて眠ってしまった






「やい、高梨」



「…んだよ」



「これ見ろ」


三刀屋が投げたのは一冊の雑誌


「ケーコー、新刊」


屋上で寝転がっているシチュエーションが望ましいのだが、生憎屋上は立ち入り禁止だ

そもそも小中高と、屋上に上がれた試しがない

ストーリーメニュー

TOPTOPへ