
触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
「ドラマ出演!?」
「そうです。何度言わせるんです?」
朝6時、ベッドの上で寝癖をつけた七瀬夕紀は愕然とした
「ドラマって、あの、テレビの…?」
「それ以外に何がございますか」
まさか、平賀さんの仕業か?
そうだ、まだこいつにあの件を伝えてない
「い、いやその…辞退させていただきま」
「旦那様?」
す、と桃屋はこちらを振り向いた
「な、何ですか」
ふ、と怪しげな笑みを浮かべると
僕の顎に手が添えられる
「旦那様、これは大変貴重な機会です。
これを逃せば貴方様は恐らく芸能界からゆくゆくは追いやられていく、ありふれた夢破れる青年達のうちの1人になってしまいますよ?
それでと良いというのであれば強制は致しません」
桃屋は手を滑らせ、いつものようにシルクのパジャマのボタンを一つ外した
「良いです、全然良いです!」
「旦那様?まだ話は終わっていません。
もし仮にこのお話を断れば、あなたはモデルとしては活躍できるかもしれませんが、それもいつまで続くかわかりません。つまりあなたは就職をするか進学をするかという選択を迫られるわけです」
進学。
それは高校生にとって大きな選択だ
朱鷺和学園は進学校であり、大抵のものが難関国公立大学に進学する。
しかし僕の場合、受験勉強を疎かにしていたせいでその道はほぼ断たれてしまっている。
もちろん手遅れだと言い切るわけではないが、
大学に行く目的もなければ意思もない、
今までの必死の勉強は父母が尻を叩いたからというだけで、語学以外の勉強には嫌気がさしていた。
なぜ語学だけは怠らなかったのかといえば、
映画、本、音楽の趣味において日本のものだけでは飽き足らず、海外の作品にも遍く手を広げて楽しんでいたからだ。
語学だけで生きていけるわけではないが、
もしこの狭い日本の価値観から抜け出そうとするのであれば語学は必須であった。
例えば日本では大学卒業未満の学歴では就職が不利になったり、大学を出ていないというだけで世間から高卒、中卒、などとレッテルを貼られたりする。
しかし海外に行けば日本の大学を出ている出ていないなど小さなことだ。
むしろ、日本人であり日本語が分かるというだけで価値を見出されたりもする。
それならば僕はこの島国に留まらず、どこか遠いところへ行って新しい価値観に出会いたい
