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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫


私がマネージャーを務めましょう。
そして貴方はオファーを受けて言われたことをこなしていればいいのです。もちろん人間と働かなければ生きていけませんから、最低限コミュニケーションは取っていただかないと困りますが
出来る限りのお手伝いはさせて頂くつもりです。
あなたができる範囲の仕事を、適切な量で
好きなように調整が可能になります。
一般的な企業で働くとしたらこうはいかないでしょう?
自分の都合で仕事の量ややり方を決めるなんて」

…それが普通にならない社会がおかしいんじゃないのか?

「どうです?もう返事を催促されているんです」

「…わかりました。でも、僕にも多少のボーナスはいただけると思っても構いませんよね?モデルの仕事よりも体力を使うはずですし」

なんて言ったはいいものの、本当にドラマの仕事なんて務まるのだろうか?役の大小はわからないが、
僕はとにかく演技が下手だ。

「ご心配なく。
仕事量に見合う額はお支払いします」

「…信じますよ」

ぐ、とネクタイが締められた

「こちらこそ、旦那様」

「…そういえば」

「何かご不明な点が?」

ずっと、心に刺さった棘がいつまでも抜けずに深くねじ込まれていた

「平賀英治、ってカメラマンのこと知ってたんですよね」

名前を口にするのも恐ろしく思った
フラッシュバックした暗い会議室
男の汗の臭いが肺を侵食して
体のあちこちについた歯形

鏡も見られない
桃屋が着替えを手伝うので、見えないように絆創膏を貼って隠していた
それでもかなり不自然だ

桃屋はそれに気付いていなかったのか?

「いえ、どなたですか?」

「知ってたならそう言ってください。
あの人が、僕の写真を集めてて
あの動画も見たって」

「…初耳です」

桃屋はいつもと変わらない調子で首を振った

「あの人、桃屋さんの名前も知ってたんですよ
動画の件まで知ってるなんて、おかしいですよね?」

「あの動画は私しか持っていないものですよ。
誰かが入手することは不可能です。
噂か何かで知ったことを利用してあなたを脅かそうとしたのでしょう」

「…そう、ですか」

桃屋はお茶を持ってくると言って部屋を出て行った


思い出してしまった生暖かい息、苦い体液、
まだ治らない捻られた膝の痛み
首や耳についた唾液
不快感で吐き気がする

…どうしたら忘れられる?

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