
触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
「うんその通りだよ。でもこの人は筋がどうこうってことよりあんたに言いたくなかったっていう自分の気持ち優先したんだ。
つまりあんたはこの人にとっては筋を通す程の相手じゃないって判断されてるわけ。そんなチャラいカッコでこんな夜中に、こんな物騒な街中で女の子に声かけてる奴なんか相手にしたくないよ俺だって。面倒くさい」
はーあ、と紘が特徴的な三白眼で大学生を冷たく睨んだ
「…わ…かりましたよ。すみませんね、じゃ」
大学生は明らかに紘の気迫に押されて折れたようだが、見栄を張ったのか僕の顔を一度睨んでから踵を返した
ああ、やっぱり女装なんてするんじゃなかった
そして、こんな口論になるなら最初から男だって言えばよかった…
でもやっぱり言いたくなかったのだから、仕方ない
とりあえずその場が収まってくれたのも紘のおかげだった。また助けられてしまった。一先ずお礼を…
「紘さん、ありがとうござい…ってあれ?」
すぐ後ろに立っていたと思ったのに、そこからはとっくに離れていた紘は10メートル先でスタスタ歩いていた
紘の歩く姿は、後ろから見ても凛としてしなやかで美しい
ただ着せ替え人形のように服を着替えて小手先で覚えたポーズばかりとる僕とは違う人間だった
もちろん僕がモデルだと名乗っていいわけはないと自覚してはいたけれど
その自然なプロの意識に触れてみると
やはりモデルという職業を全うしている凄い人だと思った
「ひ…紘さん!」
紘は立ち止まり、首だけ少し後ろに向けた
「ありがとうございました!ご迷惑おかけしました」
この間も、平賀さんを引き剥がしてくれた
けれどその時も面倒そうな顔で僕を見ていた
他人に迷惑をかけちゃいけないと知っているのに
他人がいないとどうにも動けない
多分、そういう人間に付き合うのが嫌いな人だ
僕も、こういう自分に付き合うのが嫌になってる
紘は背を向けたまま答える
「あのさ、自分の身は自分で守れってこの間も言ったけど…
今回は俺が勝手に口出した。
だから謝る必要ないし。
けどわざわざ礼言われる必要もないから。
貸し借り作りたくない、面倒だから」
そう言われると僕は何も言ってはいけないと言われたようで、返す言葉がなかった
紘は少し迷ってから振り返った
「…じゃ、気をつけて帰って」
紘はそう言いつつ、面倒そうに目を逸らした
