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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫



「はい!」

冷たいようで、しっかり面倒も見てくれるような
…よくわからないけど、嬉しい言葉だった

僕は少しだけ安心して足を進めようとしたが、
紘はまだ僕の前に立っていた

「…紘さん?」

紘は上から僕を見下ろしていた
何だろう、探られているような気がする

「あんた…どこ行くつもりだった?」

「へ?」

…やはり聞かれてしまったか
まず、何故この格好なのかを聞かない辺りが紘らしいとは思ったが

「…あ、ああ!いやあ、何処っていうか…」

「隠すような所に行くなら、もっと用心深くなったら。そのウィッグ、もっと自然に馴染む素材使ってる奴の方がバレにくいし…足、もっと閉じて立つ」

「は、はい!」

足を閉じて立つと、不意に紘の顔が近づいた

「…あと少しくらいメイクしてもいいんじゃない。
すっぴんもあんたの場合それはそれでいいけど、
男って気付かれたくないならメイクは必須」

な、なんだ?
とても有難いアドバイスではあるが…
やけにすらすらと。

しかしこの人、顔のパーツそれぞれが美しい
どこから見ても絵になるような顔だ

だけどそれがじっと自分の顔を見つめている場合、
恥ずかしいようないたたまれないような気になる
…僕は、面食いなのか?

「せっかく元の顔が綺麗なんだから
有効活用してやんなよ。女装したって男にしか見えない奴もいるんだから」

「あ、ありがとうございます…?」

顔が近くて、あまり話が聞こえない
今何か言われたかな…

「別に褒めてないけど」

あ、やっぱり返事を間違えた!

「す、すみません!」

「だから謝んなってのに」

紘は呆れてため息をついた

そう言われて、謝るのが癖になっていたのに気づいた

「でも本当に助かりました。アドバイスまで頂いて…でも今日、行かないと僕」

俯くと、手が差し出されていた
その手は柔らかそうで優しそうで、
多分今までに触れたことのないような手だ

「行こう」

「どこに…?」

聞きながら、既にその手を掴んでいた
この面倒そうな顔で僕に手を差し出す人は
多分信用できる人だと思った
それも、今まで僕が持っていた他人に対する感情を取り払うような人だと

「まずは、身嗜みから整えないと」


僕はそのまま、紘と夜の明るい街を歩いた


「…あの、終わりました…」

恐る恐る、カーテンの向こうに声をかけた

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