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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫



「見せて」

紘は返事をした。
僕はカーテンを少しだけ開けた

「こんなはずじゃなかったんですけど…」

「いいから、出てきて」

紘がまた面倒そうに言った
僕は大人しくカーテンを開き、更衣室から出た


「どう、ですか」

紘は僕を上から下まで見た後、首を傾げた
随分眉間にしわを寄せている
もしかしたら、紘が通うというサロンでしてもらったメイクが少し薄すぎたのかもしれない

いやもしかしたら、選んでもらったかなり清楚なシャツと長めのスカートがあまりにも似合わなかったのかもしれない


「やっぱり、やめます!」

じっと見ていられるのが恥ずかしすぎて、更衣室に駆け込もうとした

「違うよ、待ちなって」

紘は僕を呼び止めた

「ちょっと、来て」

紘は手招きをしていた
今は面倒そうな顔をしていない

紘の前に立つと、紘は僕の前に両手を出した

「手かして」

わけがわからず両手をのせると、
紘は僕の手を持って顔に近づけた

まるで手の甲にキスでもするのかのように
高い鼻を手の甲に近づけた

「…こっちも」

何をしてるのかわからない
紘は今度は背を屈め、僕の首元に鼻を近づけた

紘の香りが僕にも伝わってきた
淡い檸檬の香りだった

「…やっぱり、体は男なんだ」

「は、はあ…まあ…?なんでですか」

「匂いがさ、男の匂いする。香水も買おう」

「ええ…僕臭いですか?」

「そういうことじゃないよ。君は抹茶の匂いする。人の匂い嗅ぐの俺の趣味みたいなものだから気にしないで」

「はあ、そうですか」

体に染み付いてる匂いは、簡単には消えないんだろう
僕の心に染み付いてる匂いも、きっとずっと消えないんだろう

蜂蜜の香りがするとどうしても胸に刺がささったように苦しくなるのは、きっとその呪いのせいなんだ


「匂いって自分では気付かないけど
ちゃんと一つのコミュニケーションに使われる名刺みたいなもの。よく言うけど、好きな匂いの相手とは相性が良いらしいよ」


…だったら、とっくに僕幸せになってるはずなんだけど

紘は金色の髪を揺らして僕に聞いた

「今日会いに行く人の匂いはどうだった?」

僕は思い出した蜂蜜の香りを振り払うよう、
新しい空気を沢山吸い込んだ

「…別に、…どちらかと言えば嫌いです」

紘は手で口を押さえた

「これは面倒臭いな、相手も苦労してるね」

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