
触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
高梨は手を組んだ
「こっち見て」
…何だ
僕は俯いたまま体を高梨に向けた
「目、見てよ」
嫌だ、目を合わせたまま自分が自分じゃないと騙し続ける自信なんてない
「見てくれないとお願い聞けないよ」
何か書こうとしてペンを持つと、その手も掴まれた
「話逸らさない」
僕はいつの間にか主導権を握られているのが悔しくて、視線でしか物を言えない苦しさにも耐えきれなくて、結局顔を上げて恐る恐る目を合わせた
やはり、高梨は高梨じゃなかった
ここにいるのは伊織だ
バスケはしないし現代文で寝ないし
校内でヤらないし多分男に興味もない
まるで僕も別人だった
このまま僕が正体を明かさなければ
もしかしたらこうして別人同士
関わっていられるのかな
だとしたら、それはいけないことかな
僕は高梨のことが嫌いだ
でも今の自分は何も知らないし
伊織も知らないし
きっと新しい未来と過去が作れるんだ
こんな都合の良い関係を、今自分で壊してしまうなどとても勿体ない
そんなことを考える自分が愚かで恥ずかしくて
未だに高梨に未練があるって無理矢理認めさせられたみたいだった
悔しいけどそれは否定できない
僕は世界一馬鹿だ
これほど傷つけられた人に執着するなんて
死ねって何度も言ったのは高梨が嫌いだからじゃない
高梨が好きなのにそれを認められなくて
好きなのに高梨は僕を使い捨てて
それをまた認められなくて
なのに高梨は新しい相手も居場所もあるみたいで
だけど僕には新しい相手も居場所も少し合わなくて
高梨はいつでも自信に溢れて僕のことも過去の歴史に書き換えられて
僕だけが過去の中に囚われていて抜け出せない
変わっていく心をそういう物だと割り切れず
変わっていく人を信じられず
自分だけは変わらないでいようとうずくまり
いつのまにか自分も違う場所にうずくまったいたことに気づき
自分すらも信じられなくなって
誰も信じられなくて
【好きだから】
【友達、でしょ】
【面倒だから】
【雨は厄介ですね】
【俺のものだって教えてやらないと】
【逃げるんだ】
【まだ持ってたんだ、そんなもん】
【きちんと愛していたよ】
【酷いよ、夕紀】
皆、変わってしまった
「この後出かけようか」
「2人で」
「誰にも言っちゃダメだよ」
「君だけ特別に付き合ってあげる」
