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触って、七瀬。ー青い冬ー

第21章 湖上の雫


また、変な事言ってる
気まぐれ?その場凌ぎ?
…ああ、あれか、貢がせる技みたいな


高梨の目は黒い
少し伸びた髪はセットされていて波をうつ


「2人だけで話がしたいんだ」

高梨は僕の手を握っていた
自分の心臓が、意に反して暴れ始める
黒い瞳はキャンドルで照らされ、
不気味な程に美しかった

心は目の前の人間が誰だろうと構わないと言って
輝いている瞳に吸い込まれていく
催眠でもかけられているように

「こんな事を言っても信じてもらえないかもしれないけれど、俺は今まで恋人を作ったことがない。
両思いになっても、上手くいかずに終わってしまった。人生で一番大事に思っていた人も、俺と一緒に生きてはいけなかった。でも君は違うと分かった。
一目見ただけで懐かしく感じたんだ。何故かわからないけど、君と初めて会った気がしない。もう君のような人には二度と会えない気がするんだ。俺はもう、誰も愛せない。大事な人を何人も失って、何人も傷つけて、苦しめてきた。これ以上誰かを傷つけられない。愛する資格もない。生きていて良いのかさえわからない。死んでも償いきれない罪もある。
だからもう、誰も愛せないと思っていたのに、君が会いにきてくれて…」


懐かしい気がするのも当たり前だ。
中身は七瀬夕紀、隣の席に毎日座っているのだから

そう言ったらこの男は、目を覚ますのだろうか

ただの既視感に、運命を感じているのだとしたら
なんて気の毒なことだろう
しかし、こんな風に口説かれて悪い気はしない。
まさかここまで熱烈に、来る客来る客にスピーチを施すわけでもあるまい、と信じたい。

もしこれが常套手段で珍しくもない営業トークなら、僕は多分一生ホストという人種を軽蔑して生きていくだろう…


「顔がみたい。マスクを取ってくれないか」

それは…かなり危険だ

香田に助けを求めようとすると、奴は既にその場を離れていた。他のテーブルのヘルプについたらしい

本当に役立たずだな!

「…嫌なら仕方ないよね、気にしないで」

高梨は僕の手を離した

拒絶されたと思ったのか、高梨は落ち込んだ様子を見せる

どこからどこまでが演技なのか教えてくれないと、僕だって対処のしようがない

しかしこのまま諦められても計画が難航するだけだ。

「…今日、すぐにって?俺は大丈夫だけど…」

高梨は案外、本気のようだった

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