
触って、七瀬。ー青い冬ー
第21章 湖上の雫
……
「お兄さん、痴漢は良くない。
この子今日は酔ってて多分よく覚えてないと思うけど、そうじゃなかったらトラウマどころの話じゃないから。やるだけやってさよならなんてできないよ。ちゃんと警察いこうか」
紘は七瀬夕紀の体を受け止めた
男は平然とチャックを上げた
満員電車の中、人々は2人の会話に耳を傾けつつ
他人事ですまし顔をしている
「だったら先に止めれば良かっただろ?
俺を責めるなら傍観してた君も共犯じゃないか」
「だってこの人が楽しそうだったから。
止めても良かったけど、それだとこの人満足しないでしょ」
七瀬夕紀は気絶したまま目を開かない
「なんだその論理は、同意の上ならこれは犯罪じゃない」
「まあ確かに、同意はあったかもしれないけど
公然猥褻だから。どっちにしろアウトだよ」
紘は七瀬夕紀の頭を撫でた
「それじゃ、帰ろう」
…
「うるさいな」
七瀬夕紀の電話は鳴り続けていた
紘は拾い上げ、画面を見た
「…桃屋?」
知らない名前だ
しかしかれこれ30分は鳴り続けていた
きっと誰かが出ないと鳴り止まないし
この手の人間は無視すればするほど面倒なことになる
「…はい」
《旦那様…じゃ、ないですね?》
その声は、アナウンサーのように滑舌がよく
しかし声色はアナウンサーとは似つかない
爽やかさはなくどこか粘着的だ
「旦那様あ?違うけど。用あるなら伝える」
《大変失礼ですが、どちら様でしょうか。
そこに旦那様はいらっしゃいますか?
このような時間までお帰りにならないなど
あるまじきことです。もしあなたが連れ回しているなら即刻お返し願います》
口調はあくまで丁寧だが、その本心はかなりお怒りのようだ
「安心して、お宅の旦那に手は出さないから
俺はあくまでも親族として世話してやろうと思ってるだけ。俺も関わりたいわけじゃないし面倒だけど、そう頼まれてるから」
《親族?あなたはご家族だと仰っているのですか》
「まあ、そうとも言う」
《まあ、とはどういう意味です》
「俺もよく知らない。だけど根も葉もない嘘ではないと思う。じゃなきゃこの人の足首にこの傷は無いはずだから」
《足首に傷…ですか》
「この傷がついたのは俺達のせいだって
母が言ってたよ。その罪を償う為にも迎えに行けって。俺が聞いたのはそれだけ」
