
触って、七瀬。ー青い冬ー
第23章 舞姫の玉章
紘は道具を使うのを好んだ
ペン、筆、糸、針のような尖った細いもの
間違えたら肌に傷がつく危険なもの
どうしてか、それはわからないけど
「いた…」
筆の先は少しチクチクして
敏感なところに荒く傷をつけるような感じ
「痛いか…」
紘は僕の痛がる様子を見ると気の毒そうな顔、
同情するような声で僕をまた弄る
でもその目はいつも、揺らがず残酷だ
ドン
「…紘さん、誰かが」
扉が音を立てた
音沙汰なしの部屋の外に誰かがいてもがつかないほど、この部屋は閉鎖的だった
「構わない」
ドン
僕は、何も考えず口走った
「出られるかも」
あ、と口をつぐんだ
「出たいの?」
紘は手を止めた
「だって、いくらやっても死なないから」
床にある飴玉は、多分使い物にならないガラクタだった
確かに意識は朦朧として気分が良くなるけど、
死ぬまで危険な状態が続くわけではなく
ドンドン
ドンドンドン
「…そうかもね」
紘は、あっさりと身を引き扉の前に立った
「誰、何の用事」
紘は扉の向こうの、柔らかく耳を絆す
心地いい歌うような声に気がついた
ーそこにいると危ないですよ、お兄さん
紘は瞬きをする間に、自分が扉になぎ倒されたと気づいた
体の関節が床に叩きつけられ、傷んだのだが
扉が壊されたのは何故か
と考えているうち、その正体に気がついた
扉の下から這い出して慌てて周囲を見渡すが
彼は消えた、奴も消えた
「七瀬夕紀」
思わず呟き、体を立たせ崩壊した扉の外へ走り出した
「七瀬夕紀」
サハルは私に言った
【全て無駄だったんだよ、イヴァン】
廊下を走った
いなかった
いない、逃げてしまった
【諦めて、帰ろう】
そうかもしれない、この世に意味のあることなんて一つもないのかもしれない
サハルの言う通り、私もサハルも
間違っていたのかもしれない
「七瀬…」
体の中で沢山のものが床に降り注いで割れていく感じがした
七瀬夕紀はある男の手の中にあり
その時男は七瀬夕紀の口を開かせていた
私は嫌な予感が的中したことに絶望を隠し切らなかった
「嘘だ、やめろ!」
しかしそれはすでに車内のこと
七瀬夕紀と虎のように威圧的な黒い目の男は
黒い車に乗ってしまっていた
