俊光と菜子のホントの関係
第10章 『抑えきれなくて』
「いっ、一体どうしたってんだよっ! のぞきかっ!?」
「ち、違うっ……。そこに、ゴ……ゴ……」
「ゴ?」
菜子は、俺の首元に顔を埋めて身を震わせたまま、脱衣所の方を恐る恐る指差した。
その脱衣所の中をよーく覗いてみると――風呂場のガラス戸に、数センチ程度の楕円形(だえんけい)をした黒光りの虫が、カサカサと乾いた足音を立てて這(は)っていた。
小さいクセに、ちょっと現れただけで、気持ちの悪い存在感を人間以上に大きく放つ、アレだ。
はぁー……なんだ、アレかよっ……。アレが平気な俺には、のぞきより全然生易しいモノとしか思えないんだけど。かなり拍子抜けしたし。
「お前なぁー。いくら死ぬほど嫌いなヤツだからって騒ぎ過ぎだぞ。のぞきかと思ったじゃねぇかよっ」
「だっ、だってぇ、近かったから余計に怖くてー……」
菜子の嫌いなモノは、昔からわかってはいたけれど、こんな『一歩間違ったら裸』の格好で出てくるぐらい怯えるって。たくっ、俺のホントの気持ちも知らないで……。
「もうやだよぉー……」
目を反らしていても、菜子が怯えながら俺の方へ見上げてくるのがわかる。
「わかったわかった。今倒してやるか、ら……」
あっ……油断した。
気をつけていたのに……ついうっかり見下ろしてしまった。
「…………っ」
菜子と至近距離で目が合ったら、
反らせなくなってしまった……。