オオカミは淫らな仔羊に欲情する
第29章 心が悲鳴をあげても
「―― 何考えてるのっ! あんたは」
たまたま組合の会合で上京していた初音の元へ
竜二から連絡が入り。
息せき切って駆け付けた彼女の怒声が、
病室内に響き渡る。
「あ、あの ―― お気持ちは分かりますが、
彼女まだ意識を取り戻したばかりなんです。
そんなにおっきな声出して責めないで下さい」
安倍が止めるのもきかず、
初音は絢音の頬を思いきりビンタした。
「グーで殴られないだけ、ありがたいと思いなさい」
険しい眼差しで睨みつけられ、
絢音は細い肩を震わせ、
つぶらな瞳から涙を溢れさせる。
「あんたって子は、ホントにもう……っ」
ふわりと絢音を抱きしめ、初音はその髪を撫でた。
姉の優しい大きな胸に抱かれ、絢音は大声をあげて
泣きじゃくる。
「嫌われちゃう……竜二にも、皆んなにも、
嫌われちゃうっ……」
「マジ、救いようがない阿呆やな……」
絢音をぎゅうぎゅうに抱きしめ、初音も一緒に
落涙する。
「きたな……いよ、私、いっぱい汚れちゃった。
ねえちゃんまでっ……汚したくな……」
しゃくりあげながら絢音は訴えた。
抵抗ごと絢音を抱きしめ、初音は愛しげに
頬ずりする。
「汚いわけないでしょ。今も昔も、あやはずーっと
うちの宝物で誇りだよ」
例の事件の二次被害でマスコミから逃げ回り、
廃人同然になってしまった、絢音を守ったのは
和泉家の人間だけだった。
「……ほんと、に? ―― ホントにまだ、
そう思ってくれてる?」
「うん。だから、こんな馬鹿なマネは2度としないで。
せっかく好きな男が出来たんやろ」
「も ―― 姉ちゃんってば……」
「約束な?」
「―― んっとに、ごめっ……ごめ、なさい……
”もう1度言う、先に死んだりしたら
絶対許さない”と、
凄む初音に抱きつき、絢音は幼い子供のように
声をあげて泣きじゃくる。
そんな2人を残し、竜二と安倍はそっと病室の
外に出た。