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オオカミは淫らな仔羊に欲情する

第29章 心が悲鳴をあげても


 この男に何をいっても無駄なのだと思う。

 どんなに突き放し、冷たくあしらったって、
 その想いはまっすぐ自分に向けられるのだ。

 正直、もったいないと思う。
 こんなにいい男は、きっと世界中探したって
 どこにもいない。

 だからこそ、ダメだ。
 これ以上、彼を自分に付き合わさせては ――。
  

「ほら、あや。早うこっち来い」


 腕を掴まれ、やんわりと引き寄せられる。

 ふらつく絢音の身体を抱き止めると、
 竜二は鍋の前まで連れて行った。

 蓋を開けた瞬間、ふわりとやさしいクリームの
 香りが絢音を包みこむ。
 あったかくておいしそうなその香りに、涙が溢れて
 しまいそうになった。 


「味つけ、こんなもんでいいかな。薄い?」


 差し出されたスプーン。
 何だかとても熱そうで、
 絢音はふうふう冷ましてから、
 それを口に含んだ。


「どうだ?」

「―― うん」

「うんって……? なに、うまいの? まずいの? 
 どっちよ」

「―― おいし」


 答えると、竜二は大げさに飛び跳ね、
 『よっしゃーーっ!』と、ガッツポーズを決めた。

 その姿に、こらえきれず涙が溢れ出す。


「わ、どーしたんだ?? 絢音っ。どっか痛い? 
 大丈夫かっ」


 おろおろと慌てふためく竜二に無言のまま
 首を振ってこたえると、あたたかな腕の中に
 ギュッと抱きしめられた。


「これからは辛い時、お前が泣くのは俺の腕ん中だ。
 絢音、お願いだから独りぼっちで泣くな」


 やわやわと髪を撫でる竜二の手も、
 何だかとても心地いい。

 せっかく竜二が自分の好物を作ってくれたのに。
 絢音は竜二の腕の中で声を殺して泣きつづけ、
 意識を失うようにふたたび眠ってしまった。

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