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夜の影

第23章 half brother

【和也side】

男が説教臭く語り始めて、僕の体から手が離れる。
大野さんが辺りに響き渡る声で言った。

「申し訳ございませんっ」

同時に体を90度に曲げてお辞儀する。
通り過ぎた人が何事かと振り返った。

「僕の弟がお兄さんの体にぶつかって痛い思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんっ。
ほらっ、お前も謝れっ、申し訳ございませんって」

大野さんの手が頭を下げさせようとするから、それに合わせて僕も深くお辞儀をした。
二人揃って絶叫する。

「「申し訳ございませんっ!!」」

頭を下げたまま固まっていると、近い場所から通行人らしい男女の声が聞こえてくる。
小声で言ってるつもりみたいだけど、会話が筒抜けだった。

「ヤダ、警察呼んだ方が良くない?」

「待てよ、今録画してっから。ツベに上げようぜ」

「うわ、ヤバ。あんたマジ? 引く~」

「こういうのが流行ってんだって、今。
あ、あそこ交番あるじゃん、お前行って来いよ。
警察24時! チャンネル登録増えっかな、いひひ」

そこまで聞いたところで大野さんが再び叫ぶ。

「大変申し訳ございませんでしたっ」

頭上から、チッ、と舌打ちが聞こえて。

「……気をつけろよ」

男の気配が離れて行った。

頭の悪そうなカップルの気配が完全に離れるまで、僕と大野さんは二人で馬鹿みたいに頭を下げてそこに居た。

「…………」

また鼻息を吸って吐いたのだろう、大野さんからフーッ、って音がした。

「送るよ。てゆうか、もう面倒くせぇし、その何とか兄さんに会えばいいんだろ?
でも引き受けないかんなっ」

唇をアヒルみたく尖らせてむにゃむにゃ言った後に、小さく続けた。

「一応俺が兄貴だし、かーちゃんに怒られっかんな……」

「……ありがとう」

僕はお礼を言うのがやっとだった。
後年、何度もこの時のことを振り返ることになるなんて思いもしないで。

この頃の僕は生意気で小賢しい、ちょっと金持ちの息子で。

自分としては他に方法もなく精一杯考えてやったことだったんだけど。

こんな出会い方をしたせいで、半分だけの兄とはこの先もずっと構えた付き合いしか出来なくなった。
同じように母を亡くし、父は当てにならず、苦しい日々を過ごしていたのに。

智はつまり、最初から優しかった。

つけこんだのは僕だった。


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