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夜の影

第29章 Baby don't cry.

【紀之side】

ドアの脇で膝を抱えるようにして、カズは泣いていた。
髪に触れるとビクッと震える。
迷ったが、そのまま頭を撫でてやった。

「ずっとここに居たのか?」

しゃくり上げるばかりで返事は無い。

「こんな所では寒いだろう」

腕を取って立ち上がらせようとしたが、体を固くして抵抗した。仕方もなく隣に座る。

「カズ、俺はお前に酷な事ばかり要求しているな?」

お前に必要なのは、ただ抱きしめて甘やかし、守ってやれる存在なのに。
俺はそれを与えてやれない。

「お前はまだ子供なんだ。
無理して俺に付き合うことはない。
俺の傍に居るのは、もうやめても良いんだぞ」

恐らく拒絶にしか聞こえないのだろう。
泣き声が酷くなる。
まだ反応があるだけマシか。

何と言葉をかけてやれば傷つけないで済むのか、考えあぐねて。啜り泣く声を聞きながら、姉が死んだ時のカズの様子を思い出していた。

あの時のこいつは、人形と同じだった。

薄茶の瞳から時折涙が流れる以外、何の感情も見せずに、病室のベッドでぼんやり天井を見ているだけで。
もう普通の子供のように成長するのは無理だろうと、誰もが思った。

目の前で母親がバルコニーから飛んで、ショックを受けない子供は居ない。
多くの大人が自殺か否かを知りたがったが、カズは誰の問いかけにも一切答えなかった。

二か月も過ぎた頃、俺はカズの枕元で言った。

「カズ、お前の母親は殺されたも同じだ。
ある男に乱暴されて、それが原因で死んだ。
お前のせいで死んだんじゃない」

返事が無いのを承知の上で、ただ自分の為に口にした。

「知ってるか? 俺はな、お前の母親を愛してたんだ」

壊れてしまった子供相手に、長年秘めていた想いを告白するのは簡単で。

「普通じゃないだろ?
あの人が同じ空の下で生きていることだけが、俺が生きる理由だった」

横たわったカズの呼吸が乱れたような気がしたが、構わずに続けた。

「せめて、お前が元気になるまで近くに居ようと思っていたが、あの男がやったことの証拠が出た。
ならば俺がやらないとな?
あの男に思い知らせてやる」

立ち上がって、カズの頭を撫でて。

「じゃあな」

病室を出ようとした時に、突然引きつけでも起こしたようにカズが反応した。

あの時から、まだ数年しか経っていない。
よく持ち直したものだ。


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