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夜の影

第30章 movin' on

【智side】

懐かしく思い出すあの頃のこと。

無邪気で考え無しだった自分。
優しかったヒロさん。
いつでも余裕たっぷりで、抱えてた想いを外には出さなかったアイツ。

あの当時、既にアイツが不調だったことなど俺は全く気付いてなかったし、わずか5年後にはこの世から居なくなるなんて、思いもしなかった。



逃げ回るオイラと、ハサミを手に捕まえようと迫るヒロさんと。ギャーギャー騒いでいるところに両手に荷物を持ったヒガシヤマさんが戻って来て。
オイラは思わず駆け寄って抱きつく。

「助けてっ」

「ノリッ、捕まえてっ」

「…………」

「ヒロさんがオイラにやらしいことするっ」

見上げたオイラが訴えると、無表情のままでチラッとヒロさんを見た。

「ちょっとアキラッ!
違うのよノリッ、違うの!
下のお手入れしようとしてるだけよっ」

「ああ……」

成り行きを理解したらしく、ヒガシヤマさんはオイラをじっと見て。それから何か思い出そうとするみたいに瞳を上に向けた。

「……そのままでも良いだろう」

「い、今の間は何? アンタ今、何か想像しただろ?」

「えっ、お手入れ不要でいいの?」

ニヤリと笑って、しれっと言う。

「昨夜見た限りでは、まぁ、可愛らしかったな」

「うそ、やだぁ、何それ~何の自慢~?」

「ばっ、アンタ何言ってんだ!
可愛いって何の話だよっ」

「何って、いろいろと可愛らしかったが」

そんなことを言う人だとは思ってなくて、恥ずかしさのあまり瞬時に顔が熱くなる。

「へ、へんた、いっ?」

慌てて逃げようとしたオイラを、手に持った荷物を落としてギュッと抱いた。

コートの袖口から仄かに香る甘いトワレに包まれて。
降って来た唇の冷たさで、外が寒いんだなと気づく。

「……ん……っ……」

ヒロさんが見てるじゃん、と思ったのは一瞬で、深い口づけにすぐ頭が真っ白になった。
足元がふわふわして、力が抜ける。
支えが欲しくて背中に腕を回した。

ちゅっ、と音がして離れた時にはオイラはぼおっとした状態になってて。

「あらまぁ……これは確かに可愛らしいわね」

呆れたように言ったヒロさんの声をぼんやり聴いた。

その後、ヒガシヤマさんが持って来たスーツに着替えて、食事に行って。
マンションに戻ってから、オイラは生まれて初めて他人と 躰を繋いだ。

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