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夜の影

第31章 RIGHT BACK TO YOU

【紀之side】

改めて共に過ごしてみると、智は不思議な子だった。

全体的に反応が薄くて一見ボンヤリしているようだが。
周りをよく見ているし他人の気持ちを察する力にも長けている。

身だしなみを整えた姿で黙っていると、良家の子息の如き品があった。

対して、はにかんだような笑顔は幼くて、庇護欲をかき立てる。

今回の件で自分がやると主張した辺り、芯の部分では揺らがない自分の信念をしっかり持っているのだろう。

恐らく、他人に譲歩しても良い、と考えている範囲が大きいから、こだわりの少ないタイプに見えるだけで、実際は相当頑固な性格なんじゃないか。

だが、俺から見ればまだ子供だ。
愛されて育って来た分、世の中を知らない。

二宮の家で育っていれば将来が楽しみだと期待されたかもしれないが、 今の智には守り導くような保護者はおらず、縁故もコネも金もない。

暁に置いておけば俺の目は届くが。
それでは日陰者で終わる。

カズのことや、俺の目的を考えれば近くに居てもらっては後々面倒なことになる可能性もあった。

「……何か考えごと?」

タクシーでの帰り路、街の灯を眺めながら先のことを考えていると、智から声を掛けて来た。
口調がふにゃふにゃして、舌足らずになっている。

食事をした寿司屋で、キープしているブランデーが飲みたいと言うから、薄い水割りにして飲ませたが。意外にもスルスル飲んで。

慣れているのかと思えば、やはり酔っていたか。

ぽやんとした顔で口を半開きにして。
潤んだ目が車中で光って見える。

全く。
幼いくせに、この色気だ。
俺がそそられてどうする。

「……いや」

シートの上で手の平を差し出すと素直に自分の手を重ねて来た。

「ふふっ」

「何だ?」

「うん。お寿司、美味しかったね。
オイラ、回ってない寿司屋、初めて行った」

「ふっ、それは店でも聞いたな。
お爺さんが生きていた頃はいつも出前を取っていたんだろ?」

指を動かして、重なっている智の指を捕まえる。上下に擦るように柔らかく撫でながら答えた。

俺は酔っていない筈だが。
まるで口説いているようだな、と可笑しくなってくる。

「うん。じーちゃんが好きだったから、良く食べてた。
楽し、かった、な……」

前戯を仕掛けられていることに気づいているのか、いないのか。不自然に智の言葉が途切れた。


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