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夜の影

第31章 RIGHT BACK TO YOU

【紀之side】

「可哀想だたぁ、惚れたってことよ……」

逃げてもいいように先にシャワーを使ったが、戻ってみれば智はちゃんと俺のことを待っていた。
浴室へ行かせ、一人待つ間、思わず口を突いて出る。
僅か数日で情が湧くなぞ、人の心とはやっかいだな。



暁の玉には常々、仕事と割切れ、アキラという役を演じろ、と言い聞かせているが。別人になることで逆に自由になる奴が大半だ。

ただし、アキラと自分との乖離に戻れなくなる奴も居る。

ヒロが良い例で、優し過ぎる奴程、自分を見失うのだ。
結局あいつは年季が明けてから、全く新しい個性で生きることを選んだ。

智はどうなるか。

玉に一々情けを掛けていては代表は務まらない。それこそ廓の亡八のように振舞えなくては。

所詮俺にはもう、愛など無い。
姉と共に俺の愛は死んだ。

そう思いながら、こわばった顔で戻って来た智とベッドに入った。



腕の中で緊張のあまり震えているのを抱きしめていると、何故だか、本当に何故だか、優しくしたい気持ちが湧いてくる。

無論、玉を仕込む時に丁寧に扱うのは常のことだ。
仕事で躰を売る直前、最後に肌を合わせるのが俺なのだから、現実に戻る為のアンカーになってやらなくてはならない。

男が初めてなら尚更だ。

それにしても智は、好きな女と抱き合ったことさえない。



震える背中を撫で擦りながら、何度もキスを落とした。
追い詰めないよう柔らかく口を吸ってやる。

「……っ……ぁ、ん……」

強制的にイかせるのではなく、自然に躰の熱が上がるように。

髪を撫で、頬に触れて。
大事にされているとわかるように。

吐息に甘い期待が滲むようになるまで。

「は、ぁ……っ……」

肌がしっとりと湿った頃合いで、掛けていた布団を剥ぎ智の上に乗って。脚の間に躰を滑り込ませると、お互いの立ち上がっているものが触れた。
潤み切った瞳でじっと見てくる。

見つめ返しながら、腕を俺の首に回すように誘導すると、ようやく慣れてきたらしく自分から唇を開いた。

「ん……っ……」

時間をかけてゆっくり絡めて。
離れてから静かに訊く。

「智、俺を信じられるか」

「……うん……信じる」

唇を赤く腫らして、上気した肌を晒しつつ、掠れた声で答えた。

「イイコだな」

汗を拭うように額を撫でてやると、ほんの僅かに微笑んだ。


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