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夜の影

第35章 シリウス

【紀之side】

「返し」当日。
前夜から降り出した雪が昼を過ぎてからも止まず、傘が無くては外を歩けない状態が一日続いていた。

たかだか数センチのことでも積もってしまえば東京は大騒ぎだ。こちらも移動時間には気を遣わなくてはならない。

今、俺達は、サカモトの運転する車でとある場所へ向かっている。

ホテルに行く前に寄りたい、と智が望んだからだった。

後部座席に並んで座って。
俺がシートに置いた手に智の手も重なっている。
熱はすっかり下がっていて、落ち着いた様子で窓の外を眺めていた。

長い睫毛とスッと伸びた鼻筋、品の良い唇の形。
美しい子だと改めて思う。

横顔を見ながら、頭の中で今回の件について考えていた。

通常であれば「裏」は食事をするだけだが、今回は食事の後にそのままアキラを預けることになっている。

本来は「裏」で双方の相性を見極め、それを「返す」ことで最終的な引き渡しになるのだが。今回は、双方がこのままで良いと既に答えを出していた。

キャンセル扱いにされないように、という腹なのだろうが、客側から昨日も度々連絡があって急かされて。
もっと智を休ませてやりたかったが、結局「裏」と「返し」を合わせ、当初の予定通りとなった。

せめてもの安全対策、加えて不快の表明として、今回アキラを貸し出すのは一晩だけで押し通したが。
あの執拗さは何なのか。
何か別の目的がある気がしてならない。

強硬に断るのも不自然でやむなく実施となったが、内心では抱いた危機感が強くなるばかりだった。

智は憶えていないようだが、リンはハヤシで間違いないだろう。

恐らく発熱の原因は、初めての性交に驚いたのと、それが男に躰を売る前提であること、しかも相手が犯罪者かもしれないという極度のプレッシャーからだ。

一旦は下がった熱がぶり返したのは、実際に林に会って、自分が知っている男と同一人物だと認識した故だろう、と俺は踏んでいた。

「あ、そこ、右に曲がって。
銀行の駐車場使えるから」

智の指示で車を入れて、そこから三人で数分歩いた。


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