夜の影
第36章 裏・返し
【紀之side】
智の戻りが遅い。
気になって喫煙を理由に座敷を出た。
個室しかない路面店は中庭もある広い造りだ。
複数ケ所あるトイレの近い方を覗いてみると、智は鏡の前で手を拭いてるところだった。
「智」
「あっ!」
呼ぶと勢いよく抱きついてくる。
「具合が悪いのか?」
背中を擦ってやりながら訊いたら、頭を左右に振った。
俺の背に回った腕に力がこもる。
「どうした、顔を見せてみろ」
素直に俺を見上げた目に、涙が溜まっていた。
「智……」
「大丈夫? 無事だった?」
必死の顔で言い募る。
どういうことだ?
「それは俺のセリ」
言ってる途中で背伸びをした智が唇を合わせて来る。
「……っ……」
驚いたが、落ち着かせようとそのまま受け入れた。
躰の熱が上がらないよう、ゆるゆると口中を舌で撫でてやって。
「んっ……ぁ……」
力が抜けたところで離れた。
顔を見ると、目の周りを赤くして、ぽやんとしている。
「ふっ、お前は……キスの度に一々意識を飛ばすな」
唇の周りを指で拭ってやりながら訊いた。
「……だって……凄いんだもん」
アヒルのように唇を突き出す。
「どうした?」
「何か俺、アンタが居なくなるような気がして」
「俺が? ここに居るだろう」
「うん……良かった……死なないでね?」
可愛らしい言い様に思わず笑ってしまった。
だが、家族を立て続けに亡くしたばかりの智にとって、死は身近なところにある。
こういう言葉が出ると言うことは、自分の生命が危険だと感じているのだろう。
「智、林の部屋に入ったらワインが届いている筈だ。
仕掛けをしておいたから飲むように仕向けろ」
「睡眠薬か何か、ってこと?」
「そうだ。
いいか、暁のアキラに傷をつける客はそうそう居ない。
その為に紹介制とペナルティがある。
いきなりあの動画と同じことをするのは林にとってもリスクだ。
一晩遣り過ごせればいい、無理に何かを探ろうとはするな」
「うん、わかった」
「これはただの仕事だ。
お前は何も奪われない。
お前を初めて抱いたのは誰だ?」
「……ヒガシヤマさん」
「アキラの仕事が終わったら、智に戻って俺の所に帰って来い」
「うん……」
抱きしめてやりながら、むしろ自分に言い聞かせていた。
智の戻りが遅い。
気になって喫煙を理由に座敷を出た。
個室しかない路面店は中庭もある広い造りだ。
複数ケ所あるトイレの近い方を覗いてみると、智は鏡の前で手を拭いてるところだった。
「智」
「あっ!」
呼ぶと勢いよく抱きついてくる。
「具合が悪いのか?」
背中を擦ってやりながら訊いたら、頭を左右に振った。
俺の背に回った腕に力がこもる。
「どうした、顔を見せてみろ」
素直に俺を見上げた目に、涙が溜まっていた。
「智……」
「大丈夫? 無事だった?」
必死の顔で言い募る。
どういうことだ?
「それは俺のセリ」
言ってる途中で背伸びをした智が唇を合わせて来る。
「……っ……」
驚いたが、落ち着かせようとそのまま受け入れた。
躰の熱が上がらないよう、ゆるゆると口中を舌で撫でてやって。
「んっ……ぁ……」
力が抜けたところで離れた。
顔を見ると、目の周りを赤くして、ぽやんとしている。
「ふっ、お前は……キスの度に一々意識を飛ばすな」
唇の周りを指で拭ってやりながら訊いた。
「……だって……凄いんだもん」
アヒルのように唇を突き出す。
「どうした?」
「何か俺、アンタが居なくなるような気がして」
「俺が? ここに居るだろう」
「うん……良かった……死なないでね?」
可愛らしい言い様に思わず笑ってしまった。
だが、家族を立て続けに亡くしたばかりの智にとって、死は身近なところにある。
こういう言葉が出ると言うことは、自分の生命が危険だと感じているのだろう。
「智、林の部屋に入ったらワインが届いている筈だ。
仕掛けをしておいたから飲むように仕向けろ」
「睡眠薬か何か、ってこと?」
「そうだ。
いいか、暁のアキラに傷をつける客はそうそう居ない。
その為に紹介制とペナルティがある。
いきなりあの動画と同じことをするのは林にとってもリスクだ。
一晩遣り過ごせればいい、無理に何かを探ろうとはするな」
「うん、わかった」
「これはただの仕事だ。
お前は何も奪われない。
お前を初めて抱いたのは誰だ?」
「……ヒガシヤマさん」
「アキラの仕事が終わったら、智に戻って俺の所に帰って来い」
「うん……」
抱きしめてやりながら、むしろ自分に言い聞かせていた。