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夜の影

第37章 裏・返し2

【林視点】

アキラと共にホテルの部屋に戻ると、既に剛が待っていた。見知らぬ人間が居ることに、アキラの表情に戸惑いが浮かぶ。
構わず剛に話しかけた。

「寿司は美味かった?」

「はい、先生。ご馳走様でした。
それで、健は見つかりましたか?」

その一言でイラッとする。
アキラの前で小猫の話をするとは、馬鹿なのか?
人前では「健」と呼ぶなと何度も言っているのに。

「あっ! すいません」

一睨みすると、慌てて謝罪する。
何度注意してもすぐに忘れてしまうのだ。
本当に苛々させられる。

迂闊なのだ、この子は。
思慮が浅くて、何にをするにしても理由や目的を察することが出来ない。
だから小猫とも、はぐれることになるんだ。

パスポートを持たない二人を日本へ連れてくるには船を使うしかなかった。
普通に観光客としてイミグレーションを通る僕とはルートが違う。

よくよく言い聞かせたのに、結局小猫とはぐれた。

健が日本を離れたのは7歳位だったか。
今の東京は全く分からない筈。
ろくに土地勘も無い中で、行くとすれば兄と住んでいたアパートしかない。

そう高を括っていたのに、まだ見つからなかった。

連れて来たのが失敗だった、と改めて思う。
しかし、小猫は剛とは離れたがらない。
それにアキラの捕獲には剛の催眠が必要だった。

今の僕には、まともな施術は行えない。
アキラを手に入れるには剛の方が確実だろう。
もう、これ以上の失敗は犯せないところまで来ていた。

「あとは予定通りに頼むよ。行って」

顎をしゃくると、剛は頭を下げて部屋を出て行った。

「アキラ、どうぞ座って。良い部屋でしょう?
大人が用意してくださったんだよ」

笑いかけて誘うと、素直にソファへ座る。
テーブルの上にワインのデキャンタとグラスのセットがあった。チーズのオードブル付きだ。

「ん? 何だこれ」

メッセージカードが添えられている。

「ああ、ヒガシヤマさんからの差し入れか。
いいね、後で頂こう。
疲れたでしょう、アキラも楽にして」

この子はとても大人しい。
話しかけると肯定の代わりに微笑むような感じで、あまり喋らない。

隣に座って、肩を抱いた。

「緊張してるのかな?
それはそうか、初めてなんだもんね。
ホントに初めて?」

重ねて問うと、キョトンとしてから恥ずかしそうに頷いた。


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