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夜の影

第37章 裏・返し2

【林視点】

「少し話でもしようか。
そうだな、何から話せばいいかな……」

大人の部屋へ行った剛が戻って来るまで小一時間くらいだろうか。
時間を稼がなくてはならない。

「あの、先生」

「ん?」

「僕、先にシャワーを浴びて来てもいいでしょうか」

「ああ、そうだね。
お湯は張ってあるから、ゆっくり浸かっておいで。
出て来る時はバスローブでね」

「はい」

静かに立ち上がると浴室へ向かった。
大分緊張しているらしい。

また倒れられては運ぶのが手間になる。
アキラには自分の足でホテルを出てもらうのだから。
せいぜい優しくしておかなくては。

アキラの気配が完全に消えると、見計らったように携帯電話のバイブが鳴った。
画面を見て、息を呑む。

そうではないかと予想していたものの、やはり見張られているのか、とショックを受けた。

誰も居ないのはわかっているのに、思わず周囲を見回してしまう。まさか盗聴器か?

「はい」

声を潜めて応答すると、相手は挨拶もなくいきなり言った。

『羊は確保できたのかね?』

「はい」

『よろしい。移動手段は?』

「今夜中に船に乗せます。大阪からは別便で」

『台湾経由だな?』

「はい」

既に手配は済ませてあった。
教団のルートを使うのだから確実だ。

アキラは今夜東京を離れ、香港へと向かう。
本人は何も知らないまま、気がついたら船の中だ。

『間違いなく資格はあるのだろうね?』

「陳大人のお墨付きです」

『確かめたのかと訊いているんだ』

「それは今からですが、問題ありません」

緊張を悟られないように、平静を装って答えた。

『私を騙したらどうなるか、解っているだろうね』

楽しそうに笑い含みで言う。
その声にギクリとする。

「マツシゲ先生、僕がそんなことをすると思ってるんですか」

『君にはもう、後が無いものね。
次の巫女は何としても日本から出さなければならない。
期待しているよ』

ブツッ、と電話が切れた。


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