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夜の影

第40章 恋

【智side】

コートの裾を翻して走って来たサカモトさんが、オイラをチラッと見た。

「行って!! 諦めないで!!!」

重ねて言うと頷いたのがわかったから、そのまま背中を見送った。

「ふっ……うっ……」

追いかけたいのに、出来なくて。
止まらない涙を手で拭って、心の中で自分に言い聞かせる。

だってオイラが追っても、本人が逃げるならダメなんだ。
お兄ちゃんが迎えに行かないと。
お兄ちゃんが。

「オイラじゃ、ダメなんだよぉ…………」

ケン君の顔。
子供の頃の面影が残ってて、クリクリした目がそのままだった。

いつもイタズラする時、決まって楽しそうに目が輝いてた。

ケン君が思いつく『楽しいこと』は、大体大人から怒られるようなことばかりで。
ちょっと悪いことをしてる感じが、たまらなくワクワクした。

たまに行き過ぎてケガしたりして。オイラが泣いちゃうと、いつも焦って急に優しくするんだ。

「ケン君……」

ちょっと家が複雑なだけで、オイラもケン君もどこにでもいる子供だった。
どんな風にも成長できる未来を持ってたのに。

神様。
どうか、ケン君を助けてください。

ケン君のお兄ちゃんのことも、ゴウって人のことも。

「……っ……っ……」

グスグス鼻を鳴らしながら、さっきまで座ってた場所に戻って腰を下ろした。

サカモトさんは必ずケン君と話す。
オイラは、そう信じてる。

もしかしたら、ケン君はお兄ちゃんの所には戻らないのかもしれないけど。あのゴウって人が居るし。

けど、お互いに会えなかった時間の分、ちゃんと会って、話して、気持ちをぶちまけないと先に進めないから。
そこに部外者のオイラは居るべきじゃない。

「……はぁ……」

俺、これからどうしようかな……。

どこに行けばいいんだろう。
どこに帰ったらいいのかな。

自分の家は歩いて戻れる距離にある。
でも、灯りの消えたあの家に今戻って、一人きりで居たくなかった。

だからって、ヒガシヤマさんの所に戻っていいのか。

多分これでアキラの仕事も終わり。
自分の家に何で戻らなかったのか、って言われないかな……。


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