
闇に咲く花~王を愛した少年~
第1章 変身
確かに、男の言葉は道理であった。女将の香月(ヒヤンオル)は稀に見る情け深い人物だ。大抵、廓での遊女の扱いは酷いものだ。働けるだけ働かされた挙げ句、病気にでもなろうものなら、ろくに医者にもかかることもできず犬死にするしかない。
しかし、ここ月華楼では、娼妓たちは病気になっても、手厚い扱いを受けられる。従って、月華楼で働きたがる女は多いのだが、ここで働けるのは女にも見紛うほどの色香溢れる男というのが内密の必須条件であり、女である彼女たちがその条件に見合うはずがない。
「だが、何故、女将さんがそなたの―」
そこまで言いかけて口をつぐんだ誠恵を、男が笑いを含んだ声でからかうように言った。
「勘違いして貰っては困る。私と女将は、そなたが考えるような仲ではない。女将は私の血を分けた実の妹、いや、弟だ」
さも面白い冗談を口にしたように愉しそうに笑う男を前にして、誠恵は少しも笑わなかった。
「女将さんは、さる両班のご落胤だと聞いたことがある」
「私は領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)の孫尚善(ソンサンソン)。父は先の礼(イエ)曹(ジヨ)判(パン)書(ソ)を務めた」
「―!!」
誠恵は息を呑み、男の冷酷ともいえる瞳を見つめた。
「では、女将さんは領議政の実の弟だったのか」
両班の落とし種だとは聞いていたものの、よもや礼曹判書の血筋だとは考えてみたこともなかった。せいぜいが下級貴族の庶子程度だろうと月華楼の誰もが勝手に推測していたのだ。しかも、孫氏といえば、代々の当主は朝廷で重職を務め、王妃を輩出してきた名門中の名門だ。
「だから、女将さんが五年前に私のことをあなたに知らせたと、あなたはそう言うのだな」
この男の野望を遂げるために手脚となって働くにふさわしい人材がここにいる―と、この男に知らせたのか。
「だが、一つ疑問が残る。女将さんは口にするのは、はばかられるが、実子だと認められることなく屋敷を出されたと聞いている。女将さんには、実の父君や兄であるあなたに恨みがあるはずだ。どうせ、あなたは側室ではなく正室の子なのだろう?」
しかし、ここ月華楼では、娼妓たちは病気になっても、手厚い扱いを受けられる。従って、月華楼で働きたがる女は多いのだが、ここで働けるのは女にも見紛うほどの色香溢れる男というのが内密の必須条件であり、女である彼女たちがその条件に見合うはずがない。
「だが、何故、女将さんがそなたの―」
そこまで言いかけて口をつぐんだ誠恵を、男が笑いを含んだ声でからかうように言った。
「勘違いして貰っては困る。私と女将は、そなたが考えるような仲ではない。女将は私の血を分けた実の妹、いや、弟だ」
さも面白い冗談を口にしたように愉しそうに笑う男を前にして、誠恵は少しも笑わなかった。
「女将さんは、さる両班のご落胤だと聞いたことがある」
「私は領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)の孫尚善(ソンサンソン)。父は先の礼(イエ)曹(ジヨ)判(パン)書(ソ)を務めた」
「―!!」
誠恵は息を呑み、男の冷酷ともいえる瞳を見つめた。
「では、女将さんは領議政の実の弟だったのか」
両班の落とし種だとは聞いていたものの、よもや礼曹判書の血筋だとは考えてみたこともなかった。せいぜいが下級貴族の庶子程度だろうと月華楼の誰もが勝手に推測していたのだ。しかも、孫氏といえば、代々の当主は朝廷で重職を務め、王妃を輩出してきた名門中の名門だ。
「だから、女将さんが五年前に私のことをあなたに知らせたと、あなたはそう言うのだな」
この男の野望を遂げるために手脚となって働くにふさわしい人材がここにいる―と、この男に知らせたのか。
「だが、一つ疑問が残る。女将さんは口にするのは、はばかられるが、実子だと認められることなく屋敷を出されたと聞いている。女将さんには、実の父君や兄であるあなたに恨みがあるはずだ。どうせ、あなたは側室ではなく正室の子なのだろう?」
