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闇に咲く花~王を愛した少年~

第1章 変身

 自分があんな人間の屑のような男の息子だと考えただけで、情けなさに泣きたくなり、反吐が出そうになる。それほど父を憎んでいた。
 娘ではなく息子であった誠恵を躊躇いもせず女衒に売り飛ばしたのも父だった。
―こいつは滅法器量も良いし、機転もききますから。
 まるで揉み手でもせんばかりに女衒に愛想を振りまき、〝行きたくない〟と言った誠恵を容赦なく殴りつけたような父親であった。
 父に対する情なんぞ、とうの昔に忘れたが、あんな男でも死ねば、母が哀しむ。だから、誠恵も父にはとりあえず元気でいて貰わねばならなかった。
 母が何故、あんな男をああまで大切にするのか、息子である誠恵にすら皆目判らない。とにかく父はモテる男だった。鄙びた農村には珍しいくらい、色白で細面の優男で、あれで両班の身なりをさせれば、確かに貴族の放蕩息子と言っても通りそうなほどの男ぶりだった。だからこそ、父の見え透いた甘い科白に、村の若い女たちは迂闊にも騙され、ほだされたのだ。
 考えるのもおぞましいことだけれど、誠恵はそのろくでなしの父親にうり二つの容貌を受け継いでいた。女と言ってもおかしくはないほどの優しい顔立ちは、まさしくあの反吐の出そうな父親そのものだ。働き者の母親は色黒の平凡な顔立ちで、彼とは似ても似つかない。誠恵は母親には似ず、怠け者の大酒飲み、おまけに女癖の悪い父親に似た自分自身をも嫌悪した。
 大切な人たちを守るためには、自分は何だってするだろう。もし仮にではあるけれど、この眼前の男の言葉が本当なのだとしたら、いつも空きっ腹を抱えている母や三人の弟妹は、これから一生涯飢えることはない。
「お前の約束とやらが信じるに値すると、どうして私が信じられる?」
 誠恵が瞳に力を込めて問うと、男は頷いた。
「なるほど、そなたの危惧は当然だ。生憎だが、私はそなたに必ず約束を守ってやるという証を見せることはできぬ。だが、この月華楼の女将がその生き証人になると言えば、少しは信じて貰えるのではないか?」
「―女将さんがお前の言葉を保証すると、そう言うのか」
「そのとおりだ。ここの女将は情に厚く、娼妓たちに対しても母親のような情愛を抱いている。そのことは、五年もここで暮らしてきたそなたがいちばんよく知っているのでないか?」

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